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本を読み終え、顔を上げると燃えるような夕日が眼前に現れた。
どうやら読書に集中してために時が経つことを忘れてしまっていたらしい。
同時に膝の上の重さと梅の香りが甦ってきた。
野良を見るとまだぐっすりと死んだように眠っていた。
おとぎの国のお姫様みたいに綺麗で、静かで、起こすことはおろか、今はこの指先で一瞬でも触れることさえ憚られた。
おそらく人間では到底たどり着けないであろう境地に達するが如き美しさを誇る野良は、おれの膝の上で悠然と眠りの深層に沈んでいた。
と、背後から人間の気配がした。
竜胆だ。おそらく夕食の準備ができたとかで呼びにきたのだろう。
するとおとぎの国のお姫様は、まだ王子さまにキスもされていないのに、白く美しい上半身をむくりと持ち上げた。
そして竜胆の方へ身体を向けると、その紅い両目を光らせて警戒し、相手を脅すように鋭い牙を剥き出しにしながら、低く唸った。
突然、お姫様から野性の獣に変わってしまったので、少しびっくりした。
が、大丈夫だ、と頭から背中にかけて優しく撫でてなだめてやると、すぐに、その獰猛な威嚇の形相を収めた。
おれの背中越しだったから、多分竜胆には気づかれていなかっただろう。
「桜君。そろそろお夕食が......あら、素敵なお客さん。桜君のお友達ですか」
竜胆がおれの手の中の野良に気づくと、優しく微笑みかけながら、おれの隣に腰を下ろした。
野良のやつは、おれの腹に顔を埋めたままピクリとも動かなかった。
「友達?」
竜胆が何気なさそうに言った言葉が、おれの胸の深奥をチクリと突ついた。
竜胆を見つめるその時のおれの表情は、どうなっていたのだろうか。
「あら、違いましたか? なんだか、とっても仲が良さそうだったから。今だってその子、あなたにぴったりとくっついて離れようとしませんし」
「友達......。そうか、これが、友達」
彼女が言った、妙な言葉の意味を反芻した。
友達。友達。
そんなものは今までいなかったから、なんだか、空中に浮かぶような不思議な気持ちになった。
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