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「お手紙、開けなくていいの?」
「いいのよ」
テーブルの上の折れ跡がついた封筒を見て大和が尋ねたけれど、私は曖昧な返事をして風呂に入った。私の心は、封筒の差出人の名前を見ただけで簡単に動揺してしまう。柏葉和士。私がまだ二十歳の時に付き合っていた同じ年の男の人。
二十歳の頃、いつも一緒に遊んでいた友達とは連絡を経っていた。ここに引っ越してからは、両親とも連絡を取り合っていない。大和と二人きりで暮らす様になって忙しい中で、私はようやく自分の心の整理がつけられる様になったと言うのに。
ゆっくりと風呂に入り、動揺を収めてから濡れた髪を拭きながらリビングに戻った。リビングでは大和がテレビを見ている。
「大和、そろそろ寝なさい」
時計は夜の十時を回っていた。「うん」と頷いてテレビを消した大和は寝室に向かうかと思ったら、ふと私に言った。
「おばあちゃんから手紙来るのって初めてだね」
「そうね」
「お母さんとおばあちゃんって、いつまで仲悪いの?」
「……え?」
「なんでもない。おやすみ」
思わず言葉に詰まった私を見て、大和はそのまま寝室に入り、引き戸を閉めてしまった。
溜息が出る。まだ、小学校に上がったばかりの大和に私が気を使われている様ではダメだな。甘えたい事だってあるだろうに、言わずに我慢させてしまっている。いくら頑張っても、私一人では全てを満足させてあげることが出来ない。シングルマザーの限界だ。
沈む気分を抑えて、私はテーブルに置いたままの白い封筒を手に取った。八年越しの連絡が手紙というのも、レトロだな。でも、きっと探し尽くされた連絡手段が実家に宛てる手紙しかなかったのだ。
ひとつ、深呼吸をして白い封筒の封を切った。中には便箋が一枚。表書きと同じ、几帳面そうな文字で文章が綴られていた。手紙には、近況と、連絡を取りたいと携帯電話の番号とメールアドレスが書き添えられていた。
どうするべきか迷った。ずっと聞いていない声を聞きたい衝動駆られたけれど、今更何を話していいのかも迷う。手紙には近況が綴られていたけれど、私には気軽にかける言葉はなかった。
結局、その日は時間が遅くなったことに気付いて、手紙を封筒に仕舞って布団に入った。布団に入ると、隣で大和がぐっすりと眠っていた。
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