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食器洗いのルーチンが片付いた後、余っているからと渡された材料で二人はクッキーを焼いた。
作っている間、タナトスは指示されたことをする以外、何もしゃべらなかった。安治はタナトスが調理に慣れているものだと思った。
型で抜いた生地を天板に並べている最中、先にオーブンに入れた生地からは、ナッツと砂糖が焼ける芳しい香りが漂ってきていた。
「おー、なかなかいい出来」
天板を取り出して満足気な顔をする安治に、タナトスが聞いた。
「安治、これは何?」
意外な問いだった。
「え……クッキーだよ。知ってるでしょ」
タナトスは首を傾げた。
いつもならすぐに次の質問を繰り出してくるはずが、このときは何も言わなかったので、かえって安治の方が不安を覚えた。
「どうしたの。……前に食べてたよね、クッキー」
「クッキーは知ってる。食べたことある」
「じゃあ。――なんで考えてんの?」
「安治。――私たちはクッキーを作っていた?」
タナトスは、自分のことは「私」と言わないわりに、「自分たち」のことは「私たち」と呼んだ。
「え、そうだよ。わかってなかったの? 最初から言ってたじゃん、クッキー作るよって。クッキーの材料を渡されたんじゃん」
「最初は、粉や砂糖やバターなどでした」
「そうだよ?」
「……それを混ぜたらクッキー?」
「うん? 混ぜたってまだクッキーじゃないでしょ。混ぜて、形にして、焼きあがったらクッキー」
「では――五分前は何だった?」
「五分前は焼いてる途中だから……焼いてる状態」
「何を焼いている?」
「クッキーを」
「安治、『焼きあがったらクッキー』って言った。焼きあがらないうちはクッキーではない」
「ああ、じゃあ、クッキーのタネを焼いてるんだ。ほら、生地の状態だとまだタネだから。それがちゃんといい感じに焼けたら、やっとクッキーだね」
「タネはどこから?」
「どこから? 調理係さんにもらったでしょ。それとも、冷蔵庫からって言えばいい?」
「……タナトスは空間的な移動の経過を尋ねていない。時間の経過について尋ねた」
「言ってることが難しいよ。わかりません」
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