八百屋お七

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「お前どんくさいなあ!」 「何も笑うことないじゃない」 むっとしながらお七が洗濯物をたらいに戻していくと、 その横に庄之助も並び、一緒になって洗濯物を拾うのを手伝い始めた。 「…ありがとう」 お七が一応礼を言うと、庄之助は照れ臭そうにそっぽを向いた。 「別に。女をからかって泣かれたなんて知れたら 住職にどやされると思ってな」 「あら、泣き出しそうに見えた?」 「見えたね。 大量の洗濯物を土の上に放り出しちまって 途方に暮れてるって感じの顔だったぞ」 そう言うと、庄之助はお七からたらいをもぎ取り、 そのまま水場へと運んで行った。 「えっ…何を…?」 「もう一回洗い直すに決まってるだろ」 「そうだけど…いいの…?」 「ーーー別に…暇だから」 庄之助はそう返すと、衣服の洗濯を始めた。 「…庄さんて意地悪なのか優しいのか分からない人ねえ」 お七はぽかんとしながらその光景を眺めていた。 すると庄之助はお七を睨みつけた。 「おいっ、何突っ立ってんだよ。 お前がぶちまけたんだからお前も洗うのが筋だろ」 そう言ってお七の手にも洗濯物を突きつけた。 「はーい…」 お七は気のない返事をしてみせたが、 大量の洗濯物を溢し途方に暮れていたところに 助けにやって来てくれた庄之助に 内心ではとても感謝するのだった。 そして、そんな若い二人を陰から見ている者の姿もあった。 「まさかお七や…あの男を気に入ってしまったのでは…」 目を光らせていたのはお七の母・お峰だった。 そして、もう一人。 二人やお峰には見つからない物陰からは、 住職がじっと息を潜めてこの様子を伺っていた。
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