八百屋お七

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庄之助の語った、焼けきった江戸の町の話は まだ少女であるお七には想像を絶する内容であった。 「お前、想像できるか? 焼けただれた人間の身体。 昨日のあの坊主の火傷なんかとは訳が違うんだからな」 「…あなたの話は充分にわかったわ。 でも、どうしてそんな怖い話を私にするの? 私を驚かせて楽しいの?」 お七がすっかり落ち込んだ表情で言うと、 庄之助ははっとしたように声を荒げた。 「そんなつもりじゃない! お前が火が好きだっていうから。 指先に火傷を作ってまで触れようとするから! 火がどれほど怖いかを教えてやっているんだ」 「…それはどうも…」 「お前、分かってないだろ。 江戸の町はな、木造住宅が所狭しと立ち並んでいるんだぞ。 ボヤ程度の火でも風に煽られて… そうだ、お前は『明暦の大火』を聞いたことがあるか?」 「明暦の大火?」 庄之助は、およそ25年前に起きた江戸の大火事のことを語って聞かせた。 明暦3年、俗称で『振袖大火』とも呼ばれる火事が起きた。 その時の火事では何万人という規模の犠牲者が出たという。 「…俺はまだ産まれていなかったけれど、 その時の火事で俺の家族は住む場所を失い、それから10年以上極貧生活を送ったそうだ。 結局、家族全員を養うことができないという理由で 俺は生まれてすぐに寺に預けられたそうだ」 「…じゃあ、あなたはこの寺で育ったの?」 「そうだ。だから、顔も覚えていない実の親とは縁が切れたも同然だし、 産まれた時からこの寺の僧となることを運命づけられた。 …火事は、たとえ死ななくとも人の運命そのものを狂わせる。 だから、俺は火が嫌いなんだよ。 火が好きだと言うお前の考えを否定するつもりはないけどな」 庄之助がひと息に話すと、お七はいつの間にか瞳から涙を零れさせていた。 「お、おい。今の話でなんで泣くんだよ?!」 庄之助が慌てて両肩を掴むと、お七は涙をぬぐいながら答えた。 「だって…あまりにもあなたが可哀想で…」 「やめろよ。俺の為になんて泣くなよ」 「ごめんなさい…」 泣きじゃくるお七の頭を、庄之助は無骨な手で撫でてやった。 その不慣れな手つきは、やはり彼も少年なのだとお七は感じ取った。 この人も…私と同じ、子供なのだわ。 だけれど気を張って、口を悪くすることで 強いふりをしているのかもしれない。 そう思うと、お七はなんだか庄之助が愛おしく感じるのだった。
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