八百屋お七

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朝一番、と約束していたため庄之助はまだやって来てはいなかった。 加えて今は師走の夜明け前。 雪こそ降ってはいなかったが、その寒さはお七が予想したよりもずっと辛いものであった。 「庄さん…」 がたがたと震えながらうずくまっていると、 後ろから誰かが駆けてくる足音が聞こえて来た。 「庄さんっ!」 お七は、顔を見る前からその名を呼んだ。 そして振り向いた先には、やはり庄之助の姿があった。 「ああ、よかった庄さん」 「お前…!いつからここにいたんだよ?! まだ夜明け前だそ」 「そういう庄さんだって、朝一番と言いながら陽の上がる前に来てくれた。 私を待っていてくれようとしたのね?」 「そりゃ…。いや!ただ早く目が覚めただけだ。 それに結果的にお前を待たせることになってしまって悪かったな」 そう言うと、庄之助は 羽織りを脱ぎ、震えているお七の肩にかけてやった。 火事から着の身着のまま逃げてきたお七は羽織など持って来ておらず、 着物一枚纏っているだけであったため 庄之助の着てきた羽織の温かさにほっと表情がほころんだ。 「…いいの?」 「素直にありがとうって言っとけよ」 「…ありがとう。 でも、これじゃあなたが凍えてしまう」 「作業しているうちに汗でもかいて温かくなるだろ」 庄之助はそっけなく言うと、お七の手を握った。 「ほら、行くぞ」 庄之助に手を引かれながら、 お七は霜の降りた石の階段を一歩一歩降りて行った。 手を引きながら前を歩いて行く庄之助の背中と、 その前方に広がる白み始めた江戸の景色を眺めながら お七はゆっくりと階段を下って行った。 しかし、前方ばかりに気を取られていたお七は すべりやすくなっている足元に注意が向いておらず、 ふとした瞬間に足を滑らせてしまった。 「きゃっ?!」 「おいーーーうわ!」 お七は、滑った拍子に前方によろけてしまった。 しかし、すぐ前にいた庄之助の背中にぶつかったため そのまま階段を転げ落ちるのを回避することができた。 「…何やってんだよ…」 庄之助は呆れながら振り向こうとしたが、お七の違和感に気が付いた。 「おい…大丈夫か?」 お七がいつまでも自分の背中にしがみついているのを不審に思った庄之助は、 首を後ろに向けながら尋ねた。 するとお七は、そんな庄之助の心配をよそにやんわりと微笑んで見せた。
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