プロローグ 旅のはじまり

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「仙台藩じゃ」 仙台藩とは、かの伊達政宗がかつて当主を務めたことでも名高い伊達家の治める藩である。 「仙台藩の中に、幕府に仇名す者どもが紛れ込んでいるという話なのだ。 徳川家に恩義を忘れ好き勝手する者達を放ってはおけぬだろう?」 「それは、そうかもしれませんが」 「まだ迷うか? 実はな、お主にこの話を呑んでもらえることを前提とし すでにこちらでお供の者を選定済みなのだがな」 「なんですと?」 芭蕉は、長の強引さにほとほと呆れかえってしまった。 「…よいでしょう。 そこまで準備のされた旅であるというのなら、 忍を引退し暇を持て余す私が断る口実などありませんゆえ。 で、そのお供というのは?」 「お主の弟子に曾良という男がいるな」 「はあ。いますけど。 …まさか曾良を連れて行けと言うのですか?!」 芭蕉が驚くのも無理はなかった。 曾良は俳人である芭蕉を敬愛して弟子入りを志願してきた、 いわば忍の世界とは全く関わりのない人物であるからだ。 「深川の芭蕉庵では、お主の身の回りの世話を焼いてくれていたそうではないか」 「そうですが、旅の道中の小間使いにでもせよと申すのですか?」 「そうではないが、あれはよく気が付く性格と聞く。 密偵をしながら俳人として旅するお主の道中を上手く支えてくれるだろう。 それに、師匠と弟子の二人旅というほうが仙台藩の者達にも気取られにくい」 「そうは申されましても…あれは気立ては良い男ですが、 そのような危険な旅に連れて行くと言うのは… なにより曾良に私の正体を隠して調査を進めるくらいであれば 一人で旅する方がよほど気が軽いのですがね」 「芭蕉の言い分は最もだ。 だが、黒脛巾組を甘く見ない方が良い」 「黒脛巾組?」 黒脛巾組というのは伊達政宗が結成させた忍の集団である。 伊賀の里も忍の集団ではあるが、それぞれの主を見つけ仕えている為団結心などはない。 対して黒脛巾組は伊達家に奉公するため結成された、志を一つとする集団である。 そしてこの集団が、幕府に仇なそうとする武士たちについているのだという。 それもそのはず、彼らもまた泰平の世という忍にとっての不景気に喘いでいたのだ。 世の中を乱そうとする陰に乗じることができるとあって、 彼らも張り切って伊達の武士たちを警護しながら諜報活動をしているとのことだった。
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