八百屋お七

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「火?」 芭蕉は、曾良の突拍子もない言葉に面食らってしまった。 しかし、どうしてそれが浮かんで来たのか、異様に興味がそそられた。 「なぜ、火が浮かんだ?」 「天和2年に江戸大火がありましたね」 「ああ…あの大火で私は家を失ったのだ」 「その翌年、ボヤ程度の小さな付け火があったことはご存知ですか?」 「いいや?知らぬな…」 すると、曾良は話したくて仕方がないといったような にんまりとした表情で言った。 「師匠、長くなりますが、僕の伝え聞いている物語をお話しさせてください。 僕は、この蛙をある少女に、 そしてその周りに広がる池を、彼女の心に広がる火の池に例えてみました」 「ほう、それは興味深い。 その伝え聞いている話とやらを聞かせてもらおうか」 芭蕉の了承を得た曾良は、突然表情を哀愁の漂うものにしてみせた。 「これは天和2年、江戸大火がきっかけとなった 悲しい恋の物語です」
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