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海斗の前で、ビニールパックに入った赤い液体を飲んでいる少女……明らかに、異様な風景ではある。だが、少女を見る海斗の目は、優しさと微かな哀れみとがあった。
この少女の名は、大月瑠璃子という。見た目は幼く、小学生にしか見られない。しかし、彼女の本当の年齢は海斗と同じ二十五歳なのである。
瑠璃子は、言うまでもなく人間ではない。そう、彼女は吸血鬼なのだ。だが、その事実を知っているのは……今のところ、海斗だけだった。
パックの血液を飲み終わった瑠璃子に向かい、海斗はためらいがちに口を開いた。
「なあ、お前を吸血鬼に変えた奴だが……本当に心当たりはないのか? 事件の前日に、家の周りを変な奴がうろうろしてた、みたいな」
海斗の問いに、瑠璃子は首を振る。
「そんなの、知らないよ。気がついたら、こんなんなってたから」
吐き捨てるような口調で言った瑠璃子の口の周りは、真っ赤に染まっている……。
「そいつさえ見つかれば、お前を人間に戻せるかもしれないんだがな……それより、口の周り拭けよ。血が付いてるぞ」
ぶっきらぼうな口調で言うと、海斗はハンカチを差し出した。瑠璃子は口元を歪めながらハンカチを受け取り、口の周りを拭く。すると彼女の傍らにいる黒猫が、にゃあと鳴いた。いかにも構って欲しそうに、顔を擦り寄せている。
「どうでもいいけどさ……何なんだよ、その猫。えらく懐いてるじゃないか」
苦笑しながら尋ねる海斗に、瑠璃子は微笑みながら黒猫の頭を撫でる。
「ここに捨てられたみたい。でも、すぐに仲良くなれたんだよ。この子、凄く人懐こくてさ……可愛いでしょ」
言いながら、黒猫を抱き寄せた瑠璃子。黒猫はされるがままになり、瑠璃子の腕の中で喉をゴロゴロ鳴らしている。瑠璃子を見上げる目は、親愛の情に満ちていた。
その二人の様子はあまりにも微笑ましく、海斗は思わず笑みを浮かべる。黒猫にとっては、瑠璃子が人間だろうと吸血鬼だろうと大した意味はないらしい。
「じゃあ明日は、猫の餌も持ってきてやるよ」
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