過去の唄

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 有田海斗は天涯孤独の身である。父親は、母親との口論の挙げ句、逆上した母により包丁で刺されて死亡。母は父を刺殺した直後、住んでいた部屋――マンションの八階である――のベランダから飛び降りて自殺したのだ。以前より、いさかいの絶えない家庭ではあったが……まさかこんな事になるとは誰も想像していなかった。  言うまでもなく、海斗本人も。  その後、海斗は親戚たちの間をたらい回しにされたが、誰からも引き取ってもらえなかった。結局、孤児院『ちびっこの家』に預けられることとなる。  当時の日本人の基準から考えても、かなり悲惨な境遇で育ってきた海斗。しかし、彼は持ち前の明るさと優しさを失わなかった。孤児院にて知り合った似たような境遇の子供たちと共に、明るく元気に成長していく。  また、院長の後藤は子供たちに優しかった。実の親と代わりない愛情を、子供たち全員に注いできたのである。  持ち前の明るさ、そして後藤や他の職員たちからの愛情を受け……海斗はのびのびと成長していく。自身の不幸な生い立ちすら、海斗の人格形成には大した影響を与えなかった。彼は明るく、優しい少年へと育っていく。世を拗ねることなく、また己の境遇に不貞腐れたり、ひねくれたりすることもなく……。  しかし、運命とは皮肉なものである。小学六年生の時、海斗の人生観を一変させてしまう出来事に遭遇したのだ。  事の発端は、同級生の大月瑠璃子が行方不明になった事件だった。彼女は数年前に真幌市に引っ越して来た、ごく普通の少女であった。両親そして弟や妹たちと、ごく平凡でありながらも幸せに暮らしていたのだ。  そんな瑠璃子と海斗は同じクラスである。教室での席が近く、また自宅までの帰り道が近いこともあり、海斗は瑠璃子とよく遊んでいた。彼女は時々、孤児院に遊びに来ることさえあったのだ。同級生の中で瑠璃子だけが、暗い過去を持つ海斗に対し普通に接してくれていた。  当時の海斗にとって、瑠璃子は親友……いや、それ以上の存在だったのだ。  そんな瑠璃子が、殺人事件に巻き込まれて行方不明……その知らせを聞いた時、海斗は居ても立ってもいられなかった。  学校が終わるのと同時に、海斗は瑠璃子の家に駆け出す。しかし、家は警官たちに見張られていて入ることが出来ない。
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