始まりの唄

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 しかし―― 「いいんですか? あなたがこのまま帰ったら……俺は色んな事を、あちこちでベラベラ喋りますよ。そうしたら、非常に困ったことになるんじゃないですかねえ」  士郎の言葉を聞き、高岡の動きが止まった。怪訝そうな表情を浮かべ、彼は振り返る。 「はい? いったい何を喋ると言うんです?」  尋ねる高岡。すると、士郎はニヤリと笑う。 「お宅の施設にいる子供たちですが、訳ありの子も少なくないですよねえ。万引き、喧嘩、薬物、放火、売春などなど。まるで、犯罪者の見本市みたいですなあ」  士郎のその言葉を聞いた瞬間、高岡の表情が変わった。凄まじい形相で、士郎を睨み付ける。 「あんた、いったい何を言ってるんだ?」 「いえね、そんな犯罪の記録が、顔写真つきでネットで拡散されたらどうなります? 子供たちは、とっても困りますよねえ」  そう言うと、士郎はすました表情で高岡を見つめる。今では、先ほどまでの平凡な一般人の仮面が剥がれ落ちていた。代わりに、したたかな素顔が露になっている。  一方、高岡は顔を歪めながら席に戻った。士郎をじろりと睨み付ける。こちらも、先ほどまでの温厚そうな表情が消え失せている。 「私を怒らせるなよ、天田くん。大変なことになるからな」  低い声で凄む高岡。だが、士郎には怯む様子がない。飄々とした態度で、高岡の怒りに満ちた視線を受け止める。 「ほう、脅してるんですか? 慈愛に満ちた院長先生らしからぬ態度ですね。まあ、その言葉から察するに……俺の推理は当たっているようですね」 「何を言って――」 「高岡さん、俺はあなたの施設にいる少年少女たちの過去など、はっきり言ってどうでもいいんです。未来もまた、俺の知ったことじゃありません。あなたは、あの事件に関する重要な情報を知っているのではないかと俺は思っています。知っている事さえ教えてくれれば、俺はさっさと引き上げますよ。ですから、教えていただけませんかねえ?」  そう言って、士郎は高岡の目を見つめる。その表情は、また変化していた。今度は、愛嬌さえ感じさせる惚けた表情だ……しかし、その目の奥には危険な光がある。この天田士郎という男は、目的のためなら何でもやるタイプの人間だ。高岡は、これまで多くの人間と接してきた。人を見る目には自身がある。その目が、士郎は危険な人間だと言っている。
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