始まりの唄

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 ややあって、高岡は神妙な面持ちで口を開いた。 「では逆に聞きますが……天田さん、あなたは私の話す事を信じてくれますか? どんなにバカバカしく聞こえるような話であったとしても、です」 「それは、どうでしょうかね……まあ、話していただかない事には何とも言えませんよ。ただ、俺は人を見る目はあるつもりです。あなたが必要の無い限り、嘘を吐かない人であるのは分かりますよ」  すました顔の士郎を、険しい表情で睨む高岡。だが、彼はため息をつく。  そして、語り始めた。  ・・・ 「おい、お前ら。さっさと並べ。巡回のデコスケ《警官を指すスラング》が来る前に、早く済ませちまうんだ」  ここは、古い倉庫の跡地である。一応、建物の形は残っているものの、中には何も無い。  そんな倉庫の前に集まっているのは、数人のホームレスのような男たちだ。皆、汚ならしい服を着て髪もボサボサである。恐らくは、何日も風呂に入っていないのであろう……周囲には様々なものが入り混じった、独特の匂いがたちこめている。  そのホームレスたちの前で指示をしているのは、黒いスーツと赤いシャツを着た若者だ。見た感じは、二十歳前後であろうか。ソフト帽を被った頭を左右に動かし、辺りの様子を油断なく窺っている。一見すると、売れないホストもしくは売り出し中のヤクザのようだ。もっとも顔立ちは悪くはないが。  また、軽薄そうな顔つきではあるが……人の良さそうな雰囲気も合わせ持っている。恐らく、生まれ持った性質なのだろう。  一方、ホームレスたちは青年の指示に従った。一列に並んで、左腕の袖を捲り上げる。  すると、若者は注射器を取り出した。さらに、消毒液を含んだ脱脂綿で針の先を拭く。  そして、ホームレスの腕に針を突き立てた……。 「他の連中には絶対に秘密だぞ。いいな……次は明後日だ」  ホームレスたちにそう言うと、若者は倉庫の中へと入って行く。一方、ホームレスたちは笑みを浮かべながら、思い思いの方角へと去って行く。心なしか、彼らの顔色は若干ではあるが悪くなっているように見えた。  一方、若者は倉庫の奥へと進んで行く。  すると、大柄な中年男が暗闇から姿を現した。身長は若者より遥かに高く、横幅も大きい。まるで冷蔵庫のような分厚い体つきをしている。頭は綺麗に剃りこまれたスキンヘッドであり、顔もいかつい。
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