始まりの唄

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「やあ院長先生、今日も持って来たよ」  言いながら、テーブルの上に布袋の中身をぶちまける海斗。中には、お菓子やカップラーメンや缶詰めといった食品が入っていた。すると、後藤は頭を掻きながら口を開く。 「いつもすまないね、海斗くん」  後藤の言葉には、感謝の念があった。照れ臭そうに笑みを浮かべる海斗。 「んなもん、付き合いのある店から貰って来ただけだよ……タダ同然だから、気にすんな」  海斗がそう言った途端、応接室に一人の少年が飛び込んで来た。 「よう海斗! 遊ぼうぜ!」  言いながら、海斗の足に逆水平チョップを食らわしてきたのは……坊主頭の小さな男の子である。まだ三月だというのに、Tシャツに半ズボン姿だ。海斗を見上げる瞳は、嬉しくてたまらないとでも言いたげな思いに溢れている。 「こら健太郎、海斗さんだろうが。さんを付けろデコ助」  言いながら、海斗は少年の頭に手を当てた。そして髪をくしゃくしゃに撫で回す。健太郎は笑いながら、海斗に組みついて行った。  そして陽が沈む頃、海斗は孤児院を出て行く。彼はこれから、他の用事があるのだ。手に大きな布袋を持ち、海斗は町中を歩いて行った。  この真幌市は、もともとは工業地帯である。景気の良かった時代には、あちこちに町工場が立ち並び、その全てが毎日フル稼働していたのだ。それに伴い、居酒屋や風俗店などのような店も増えていった。  しかし景気の波が去ると同時に、工場もバタバタと潰れていった。夜逃げする経営者が多数でたが、それはまだマシな方である。借金で追い詰められた挙げ句、家族を道連れに一家心中をした工場経営者も珍しくなかった。  もっとも、工場の建物自体は未だに残っている。廃墟と化した工場が、町のあちこちに建ったままになっているのだ。取り壊す費用もなく、かといって再稼働させる訳にもいかず、使い途のない工場が哀れな(ムクロ)を晒している状態であった。  結果、ゴーストタウンのような不気味な一角が出来上がってしまったのだ。  そんな潰れた工場の一つに、海斗はずかずか入って行く。既に辺りは暗くなっており、足元はよく見えない状態だ。あちこちには、大型の機械が未だ処分されずに放置されている。足元からは、虫や小動物の蠢くような音が聞こえてきていた。
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