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王宮は私には未知の世界だった。あちこちに戦いの爪痕があり、悲惨な街のゴミ溜めだって平気だった私が、竦んでしまう地獄のような有様だった。
戦闘が行われなかったのだなと思われる辺りに連れてこられたのは、作戦の本部があるからだろう。吊るされている者達を除けば、死人がゴロゴロしていてもおかしくないのに辺りは片付けられていることから、戦闘自体はとうの昔に終わっていたのかもしれない。
扉は最初から開いていた。
屈強な男達が沢山いて、別に剣を向けられているわけでもないのに、カタカタを歯がなった。サシャ様が跪かされたのを、泣きたい気持ちで見つめていたら、私も座るように促された。
サシャ様が、心配そうな顔をこちらを見た。私のことなんて構っている余裕もないだろうに。
「色狂いの王の子供だけあって、どれも顔はいいんだな――」
中央にいた男がサシャ様を見下ろした。
「サシャ・・・・・・か。顔を上げろ」
思っていたよりも若い男だった。身体の大きさは周りに引けをとることもない。自信のあるものの余裕に満ちた声は、怯えた耳にさえ心地いい。
ブラウンフェルス国の王弟、右将軍を拝命し、あまりの強さに『漆黒の狼』と呼ばれるオリバー・マティウス。金色に見える瞳には、サシャ様への興味を隠しもしなかった。
「ほぉ・・・・・・」
将軍の楽し気な声に、私は嫌な予感がした。
将軍は、サシャ様を迎えにきた男を呼びつけて、何かを耳打ちした。
男は肩を竦めてからサシャ様に告げた。
「・・・・・・サシャ・ヴァレール殿下。オリバー・マティウス閣下が貴方をご所望だ」
嫌な予感が当たってしまった。
「サシャ様!」
思わずサシャ様の名を呼んでしまった。
サシャ様を囲む将軍の幕僚の顔に、将軍を止めるどころか、やっぱりというような容認の表情が浮かんでいた。
「・・・・・・私ではお役に立てないかと思います。さっさと首を切ってもらえるとありがたいのですが――」
サシャ様は、元々死を覚悟されていた。自決しなかったのは、神殿で『自害は最大の悪である』という教えがあったからだ。あれだけの屍を目にすれば、あそこに自分も並ぶのだなと思うのが普通だろう。私は、サシャ様が殺されるのを見届けてから、死んでしまおうと思っていた。
サシャ様に救われた命だ。サシャ様に殉じて後悔はない。
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