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プロローグ 罪人の一歩
あと戻りできないことが信じられないほど近い過去。その頃にもこうして山を駆けることはよくあった。
違うのは背中に浴びる声にこもった憎しみ。立ち塞がる人の顔色に滲む怯え。村の子らと戯れた昔とこれはまるで違うものだ。
どうして? と繰り返し何度夜が明けても悪夢から覚めない。過去には戻れない。
この見知らぬ土地では何に祈れば天へ通じるのかわからい。罪と血の匂いを消すには何にすがればいいのか。どれだけ乞うても禊の雨が降る気配はなく、空は隈なくこの身を浄めない灰の色。ここは寒い。
そのうちにもう「ここはどこか」を考えることもなくなった。どのみち故郷から離れ続けているのだから、この先どこへ行っても安息は訪れないに決まっている。
どこまで行ったところで希望が待つことはなく、天が奇跡を用意してくれるには背に負う罪が重過ぎる。
それでも前へ出る足も涙も止まらずに逃げ続けた。死にたくない、その一心で。
ちらちらと降り始めた雪が全ての幕切れを知らせているように思えた。どのみちもう進めない。もう何日まともに眠らないまま逃げ続けたのか、とうとう一歩も動けなくなった。
果てまで逃げて足先が世界の端を踏み外す、その前に終わったことが幸か不幸かを考える。瞼はとても重たかった。
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