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「……先輩には……
あなたには、もう12年かもしれないけど、
俺には……まだ12年です」
「芹沢……」
声を失い立ち尽くしている先輩に、しっかりと目を合わせた。
「どこにいても、何をしていても先輩の面影を追ってしまって。
早く忘れなければいけないって、ずっと自分に言い聞かせていた」
「……すまなかった」
先輩は呻くように言うと俯いた。
「可笑しいでしょ?
自分から先輩に『千春さんの事が好きって言って』って言っておきながら……。
先輩を求めてしまいそうになる心に無理やり蓋をして。
前に進もうと足掻いていた」
自嘲気味に笑った後に続けた言葉に、その時の苦しさを思い出し、胸に手をあてていた。
「……でも、
その12年があったから、分かってきたこともあるんだ」
俺の声が優しくなったことに気づいた先輩が顔をあげた。
「俺の事を好きだって言ってくれた人達は、勇気をもって告白してくれた。
連絡を取らなくなった俺に『また俺達と会いたくなったら連絡してね』って、
さりげなく伝えてくれた友人がいる。
俺が言えなかった『ふざけるな!』って言葉を、俺に代わって言ってくれた先輩がいる。
過去の恋に囚われている俺に『今を生きているなら、前に進む事の方が大事じゃない?』って言ってくれた上司がいる。
そして何より、本当の俺は意地っ張りで見栄っ張りで強がりで。
泣きたいのに笑って、怒りたいのを我慢して。
側にいて欲しいのに大丈夫って言って。
でも、そんな俺の本質を理解した上で『愛してる』って言ってくれた奴がいて…。
先輩と別れた時、
俺は独りぼっちだ
って思ったけど、実際はたくさんの人が俺の事を気にしてくれて、前に進む力をくれたんだ」
俺の話を先輩は黙って聞いていた。
その硬い表情からは 、何の感情も窺い知ることは出来なかった。
「歩きながら話しましょう」と俺が促すと「ああ」と返事が帰ってきたので、再び駅へ向かって歩きだした。
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