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「先輩に『俺から自由になって』ってお願いした時
俺、自分が先輩の足枷になっている
って思ってた。
俺の事を『振るわけがない。お前だけを見ていくつもりだよ』って先輩は言っていたから」
「…………」
「大石先輩が先輩の事『誠実な奴だよ』って言っていたし、先輩は俺との約束を破ったことはなかったから、好きな人が出来ても俺の事、振れないのかなって思ったんだ。
だから俺から自由になって、千春さんのところへ行って欲しいって思った」
「……お前はいつもそうやって、自分より他人に気を使っていたな」
先輩が俺を見て笑いかけてくれた。
「遠藤がキツく当たられていた時も、山本がお前にキスして俺から注意されていた時も」
山本の名前が出てきたことにドキッとしたが、先輩はそんな俺に気付かず、話を続けた。
「あの時お前にキスした山本より、アイツを庇ったお前にイラついて……。
今ならそれも、お前の持っている一面だって分かるけどな」
「もしかしてお人好しって言いたい?」
「よく分かったな」
「よく言われるんで」アイツに……
二人で顔を見合わせて笑った。
それが先輩の気持ちを柔らかくしたのか、あの時の事を思い出すように先輩が話し出した。
「……お前から『自分の気持ちに正直になって』って言われても、俺はまだお前との関係を修復したいって思っていて、千春が好きなことを認められなかった。
だけど……
『俺から自由になって』
って必死な顔してお願いしてくるお前を見ていたら、俺が意固地になってお前の側にいようとする事は、お前を傷つける事なんだって、あの時漸く気がついた」
街灯が照らすだけの夜道は薄暗く、静かで。
あの日の事を話していると その時の気持ちにのまれそうになる。
先輩に笑顔で別れておきながら、アパートで流れ落ちる涙を止めることも出来ず、むせび泣いた日々。
とても辛かったのに一人きりで傷を塞ごうと、時が過ぎることだけを願っていた。
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