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静かな住宅街から周りの景色は少しずつ変わってきていて。
シャッターはとっくに閉まっているけれど、いつの間にか小さな商店街に入っていた。
遠くに見えていたマンションも近くに見えるようになってきていた。
駅までもうすぐだ。
そろそろあの言葉を伝えようとした時、先輩が話し出した。
「お前から返されたテニスラケット、今でも大切にとってあるよ」
「……あのラケット?」
「ああ」
もう12年も前のラケットを「とってある」と言われて、驚いて先輩を見た。
「……とっくに処分したかと思った」
「してないよ。
自分を戒める為にとってあるんだから」
「戒めるって?」
不思議に思ってなおも先輩を見ると、先輩が再び硬い表情をした。
「……俺が覚えているなかで約束を守れなかったのは、お前に対してだけだ」
先輩の言葉を聞いて胸が鈍く痛んだ。
「あのラケットをお前に渡したとき、驚いた顔してさ。次には抱きついてきたと思ったら泣いていて。
俺は喜ぶだろうって想像していたから、初めて泣いたお前にびっくりして。
だけどそんなお前が愛しいって本当に思ったんだ。
ずっと大事にしてあげたいって」
俺もあの時の事は今でもよく覚えている。
先輩と離れるのが分かって、寂しくなって……。
あの日は、素直に涙を流せたんだ。
「遠恋してたあの日……」先輩が言葉を続ける。
「『もう寂しい思いはさせないから』って約束したのに……俺は」
先輩の声が苦しげに震えていた。
「……俺は
結局お前に寂しい思いをさせるばかりか、傷つけて。
……約束を守ってあげられなかった」
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