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「社長、」
「何も聞こえていないよ」
俺の言葉は、続かない。紡がせてもらえない。
「眞由美も、何も聞いていない」
汗が、急に冷却されたように。
背筋が、凍る。
そういや昔、経験したことあるなあ、この感覚。
なんて、呑気なことを考える余裕があった。
嘘。それは、ただの虚勢。
「そろそろ、具体的な話を進めよう」
「お父さん、ちょっと待って」
「何も聞こえていないんだが、一つだけ確認しておく」
親しみやすい社長だと思う。
多分、この規模の会社にしては、珍しくボトムアップ重視。
社長室には、専務や常務、部長クラスの人間とのプライベート写真も何枚か飾ってある。
好かれている、いい社長だ。
どうかそれは、仮の姿だなんて言わないでくれ。
「システム課の加賀くんは、ただのご近所さんなんだろう?」
社長か、無職か。
ギャンブルは嫌いじゃない。でも今回の賭けは、ハイリスクでハイリターン。
選ぶ道を決めたはずなのに、足が竦む。
下劣な笑顔を浮かべた常務が、「それ見ろ」と言いたそうだ。
情けない。
俺は、自分のことしか守れない。
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