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運命の九月一日は刻々と近付いており、だからと言って何をするわけでもできるわけでもなく、ただその日を待っていた。
社長に突きつけられたイエローカードで、“もう後はない”と悟った。
下手なことは、できない。
ごめんな、秀次郎。お前がせっかく背中を押してくれたのに。
やっぱり俺は体裁だけを気にする、薄っぺらい人間だ。
「お待ちしていました」
地下駐車場に降りると、黒川真里が俺の愛車の前で睨みをきかせていた。
「黒川、最近仕事がはやいって課長が褒めてたぞ。今日もあがりか?」
「残業は大嫌いなので」
「そこ、どいてくれ」
「由宇に会わないんですか?」
また。心臓が抉られる感覚だ。
名前を聞いただけで、鼻の奥がツンとして、口の中が渇く。
フラッシュバック、なんて横文字を使えばドラマチックだが、実際はそんな甘美な関係ではなかった。
誰にでも祝福される関係だったのなら、思い出が駆け巡るこの瞬間もロマンチックだった。
「加賀には、申し訳ないと思ってる。俺のせいだからな、広島行きは」
「…悔しい」
こうして涙を流してくれる友達がいるのは、きっと由宇が魅力的だから。
そう思ってまた、由宇との距離を感じてしまう。
それがたまらなく、切なくなる。
乙女か。
「きっとあたしが何を言っても、二人はどうにもならないのが、」
“たまらなく悔しいです”
「ありがとう」
「次長のためじゃありません」
「知ってるよ。でも、お前は優しいな」
どうにもならない。
俺だって、よくわかってるよ。
でも、それでも、どうにかなればと思ってしまう。
「加賀は…元気にしてるか?」
「毎日笑ってます…不自然なぐらい。次長と離れるって決まってから、妙にすっきりした顔してますよ」
「はは、せいせいしてるって?」
「…どうだろ。でも…また痩せました」
「気にかけてやってな、あいつのこと…っても、その役目は彼氏だよな」
「平気ですか?由宇が…他の人に持っていかれても」
愚問だ。
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