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「平気なら、幸せだったよ」
「次長は考えたことがないんですよ。真剣に、もっとちゃんと考えてみてください」
「何を」
「由宇が、あの子が、誰かのものになるっていう意味を考えてください」
うるさい。考えさせるな。
嫉妬させてくれるな。
想像なら、嫌っていうほどした。
どっかの男が、俺の触れた髪に、肌に、唇に、上書きをしていく。
安っぽい言葉を並べて、一緒になろうなんて大した覚悟もないくせに。
俺には遠く及ばないはずの男が、最上級の女をさらっていくなんて。
地団駄を踏みたいぐらい悔しいのは、俺の方だ。
「もう、会えないんですよ?」
「覚悟してる」
「大した覚悟もしてないくせに!」
上司に向かって吐く言葉かよ。次の査定に響かせるぞ。
「俺はフラれた。加賀に、はっきりフラれた」
「それが本心じゃないこともわからないのに、何の覚悟をしたんですか!」
本心じゃ、ない。
「わかってます。次長がどれだけ由宇を守ってきたのか、どれだけ大切にしてきたのか。でも、肝心なところであの子の本心をわかってあげられなかったら、何の意味もないんですよ」
「本心じゃないって、何だ」
「由宇が一番求めてるのは、」
「あいつの言ったこと、本心じゃないのか?」
言葉を遮ったのは悪いと思う。けど、とにかく真意が知りたい。
何が、“本心じゃなかった”んだ。
「…由宇は、彼氏がいるんだろ」
「まだ…ですけど。付き合うつもりです」
「そいつのこと、好きなんだろ?」
「一番では、ないです」
「じゃあ、一番は」
「…やっぱり、ニブチンコンビですね」
黒川の苦笑いが、俺の気持ちをはやらせる。
答えは、聞かなくてもわかった。
覚悟しろ、俺。
社長のイスは完全に失う。
覚悟しろ、由宇。
俺は、無職になるかもしれない。
「だから面倒くさいんだよ、女ってのは」
「それ、禁句です」
相手に気付いてほしいから、自分では本心を言わない。
由宇もその類か?
まったく、難しい生き物だ。
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