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「……ください」
「…………」
「椎名先生?」
過去の記憶からゆっくりと意識を現在に戻した綾子が伏せていた目を真正面に向けると、不思議そうに首を捻る弓槻が片手の平をヒラリヒラリ揺らしていた。
やっかいな男に借りを作ってしまった──
綾子の表情は未だ浮かない。
「……ごめんなさい。ちょっと、考え事を」
「佐久間先生このままにしておけないんで、椎名先生だけでも先に戻って。教頭には佐久間先生が滑ったとか、転んだとか……上手い言い訳しておいてくださいね」
「でも……」
「いいんですよ。先生は被害者なんですから。気に病む必要はないんです」
“被害者”というワードを強めに発音した弓槻は、綾子が心配そうに見つめる先を目で追いかけた。
バチリと交わる弓槻と加害者である佐久間の視線。先に逸らしたのはもちろん、悔しそうに顔をひしゃげる佐久間の方だった。
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