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「ただ、あたしとしては色々と不安なの。勇作は……いえ、夫はとっても激しやすくて手の早い人だから、もし話がもつれてしまうとまた暴力を振るい始めるかもしれない」
「そんな人なら、会わずに電話やメールで話し合いを済ませたほうがいいんじゃないですか?」
「確かにそうなんだけど、会わないと進んでいかない話もあるのよ。書類に捺印するとか文書を一緒に作成するとか、そういう面と向かって行う諸々の手続きがあるの」
「……」
「あたしは心の家に行ったことで自分は一からやり直さないと駄目だ、今こそ生まれ変わらないといけない、このままでは本当に自分が立ち行かなくなるって心底思ったわ。そのためにも一日でも早く夫と別れて現在の生活を変えなければならないと考えたの。あの人がこれまでのあたしの、荒んだ心の元凶なの。でも、さしで夫と会うのが怖くて怖くて……」
美雨はハンカチで目尻を拭ったあと、胸の前で祈るように両手を重ね合わせた。
「だからお願い! 助けて欲しいの」
「えっ、助けるってどうやって……」
豊はたじろいだ顔になった。
「明日の話し合いに同席して欲しいの。第三者がいたらさすがに夫も手を出してこないと思う」
「それなら別に僕でなくても構わないのでは?」
美雨は困ったように俯き、ハンカチで口元を押さえる。
「夫とうちの両親はものすごく折り合いが悪いの。兄だって夫をすごく嫌っている。あんなチンピラの顔を見たくもないってね。だから身内には頼めないのよ。かといって他に頼めるような適当な人もいないし、弁護士のような専門家に頼むとすごくお金が掛かってしまう。その点新庄さんは最適なのよ。若い男性だし、夫と何も繋がりがないから彼も冷静になれると思うの。自分の素行の悪さを知っている人だと、夫は意固地になる傾向があるのよ」
「でも、僕みたいな若い人間にこんな大事な話の立ち会いなんて務まるのかな……」
「それは大丈夫よ、ただその場に居てくれたらいいだけなんだから」
「けど……」
「人助けだと思って引き受けて、お願い!」
美雨は切羽詰まった表情で合掌し、丁寧に頭を下げた。
「だけど僕、明日別のバイトが入ってるんです」
「何時から?」
豊は足元に置いたリュックのポケットから手帳を取り出し、予定を確認する。
「四時ですね、夕方の」
「それなら大丈夫。それに間に合うよう時間を調整するわ」
「はあ……でも……」
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