第3章  美雨(れいん) ~完全犯罪へ~

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いないか、それらを監視し何か気付いた点があれば兄に報告を行うのが彼女の役割だった。一、二週間に一度顔を出すだけで、若いスタッフが夜勤も数回こなした上で一か月に得る手取りよりも遥かに多くの額が、美雨の口座には毎月振り込まれていた。  園庭前の駐車スペースは五台の乗用車ですでに埋まっている。  美雨は舌打ちをしながら車道の路肩に車を止め、足早に園内へと入っていく。六時近くにはなっていたが、初夏の夕空は時計すら惑わすような明るさで満ちており、園庭のブランコで幼い我が子を遊ばせている母親たちも数人見られた。美雨は周囲にいる他の保護者を一切気に掛けることもなく真っ直ぐに玄関ホールへと向かい、サンダルを脱ぐと直ちに園舎中央にある多目的スペースへ入っていった。広い室内では、お迎えを待つ子ども達が思い思いに絵本を読んだり積み木を重ねたりして遊んでいる。入口付近で園児たちを見守っていた保育士が美雨に気付き、 「翔大くん! ママが迎えに来たよ」  と、片隅で退屈そうに寝転んでいる翔大に声を掛けた。翔大は美雨を認めるなり顔を一瞬で輝かせ、園指定のバッグを持って急いでこちらに駆け寄り、くしゃくしゃの笑顔で抱きついてくる。この時ばかりは美雨の胸にも母性や愛情がほとばしり、ひとしきり抱きしめて小さな頭を幾度となく撫でてやった。玄関ホールで美雨たちが靴を履いて帰ろうとしていたら後ろから、香月先生、と声がした。振り返ると、翔大の担任である鷹野先生が立っている。 「香月先生、お急ぎのところ申し訳ないですが、少しだけお時間よろしいでしょうか?」  鷹野は三十歳前後のベテラン女性保育士で、丁寧で気配りの行き届いた保育ですこぶる保護者の評判が高かったが、その卒のなさが不思議と美雨を苛立たせてもきたのだった。 「何か?」 「実は翔大くんのことですけど……」  鷹野は少し困ったように眉を寄せた。 「最近色々とありまして、滑り台の順番を守れないのをお友達に注意されるとその子に手が出ちゃったり、自分のお気に入りのおもちゃを他の子に絶対に渡そうとしなかったりと、集団で行動するのが難しい場面が度々見られまして、先生としては何か心当たりがございますでしょうか?」 「さあ……小さい子ってそんなものじゃないのかしら」  美雨は適当に答えた。 「確かにまだ三歳児ですし、お友達と上手に遊ぶのが難しい年齢ですが、
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