1人が本棚に入れています
本棚に追加
安泰で豊かなものにしてもらう義務があるのよ。
『俺の気持ちは絶対に変わらないし。だから、早くあれに捺印して送り返してくれませんか』
「……わかった。あなたがそこまで言うなら仕方がないわ。離婚届には判を押す。その代わり、その前に一度話し合いを持ってくれない? 翔大のこともあるし」
『翔大は元々、あなたの連れ子じゃないですか』
「そうだけど、あの子はあなたを本当の父親だと思っているのよ。翔大を連れていくから、最後にひと目会ってあげてくれない? それに、あなた名義で契約している賃貸や保険を解除する手続きなんかも残っているし、家財道具の分割とかそういう事務的な話し合いも必要なのよ。離婚届を出してしまえばそれでお終い、というわけにはいかないの。ねえ翔大、翔大もパパに会いたいよね!」
美雨は翔大の口元に素早くスマホを持っていく。
「うん、あいたい!」
「ほら、こう言ってるわ」
『……わかりました。じゃあ、いつにします?』
いかにも渋々、という風に勇作は答える。美雨は二週間後の日曜日を指定するが、あいにく彼の予定とは折り合わなかった。
『少し急だけど明後日の日曜日はどうですか? 来週から仕事が忙しくなるので、出来たらそれくらいが有難いんですが』
明後日……。となると、明日中には豊に会わなければならないが果たしてうまく会えるのだろうか。そして、豊は日曜日に出て来られるのだろうか。
「そうね……じゃあ明後日にしましょうか。スケジュールが合わなければまた明日メールするわ」
『どういうことですか?』
「明後日までに賃貸や保険の書類を用意しなければならないし、色々とやっておきたいこともあるので、それが間に合うかということよ」
少しの間があった。不自然な言い草に勇作は明らかに戸惑っているようだった。
『わかりました。一応明後日ということで』
「会うところなんだけど」
美雨はある場所を指定した。
『ええ、何でそんなところ? 遠いし、マンションで会えばいいじゃないですか』
「日曜日は業者が家の清掃に来る日なのよ。それに、静かで思い出の詰まった場所で最後にあなたとゆっくりお話したいな、とあたしは思うの」
『何を今さら、感傷的なことを……』
「あたしの最後の我がままさえ、聞いてもらえないのかしら?」
『……わかりました。でも、変な期待はしないで下さいね』
最初のコメントを投稿しよう!