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「本当につれないわね。相当あなたには嫌われちゃったみたいね。でも、あたしが悪かったんだから当然の報いだと思う。あなたは何も悪くない。今まで本当にごめんなさい」
美雨のしおらしい言葉にすら勇作は何も反応せず、
『では明後日の午後に』
と、そそくさと電話を切った。
翌日、あのみすぼらしいビルの前に来ていた。
一階にある不動産屋などの店舗前を通るのは避けて、裏口の小さなドアからなかに入る。美雨は素早く天井や辺りを見回し、防犯カメラがないかを確かめたがどこにも設置されていないので、唇を歪めて小さく笑う。今のところ全てが計画通りだが、今日うまい具合に豊に会えるのか、豊が自分の申し出を承諾してくれるのかどうかは、全くの未知数だった。
有名デパートの小さな紙袋を手に、じめじめした薄暗い階段をハイヒールで掻き鳴らして上がる。
「ママ、これからどこいくの?」
ゆっくりした足取りで翔大も後ろからついて来ていた。今日は保育園が休みで、母親には用があって預かってもらえなかったのだ。
「だからさっきも言ったでしょう。お兄ちゃんのところに行ってお話しするんだって」
「どこのおにいちゃん?」
「さあ、ママもよく知らない」
廊下を少し歩いて『自分の住まいをお探しですか』の前に立つ。美雨は小さく深呼吸をしてからドア横にある安っぽいチャイムを鳴らすと、どうぞ、と中から豊の声がした。貴重な獲物が首尾よく待っていることに美雨はほくそ笑みながら、ノブを回して重たい扉をゆっくりと押した。
「こんにちは」
美雨は出来るだけ明るく爽やかな声を出した。
「こんにちは」
豊は以前と同じようにこちら向きで机に着席していたが、束の間美雨に見とれるような表情を見せた。今日の彼女は真っ白なシフォンのワンピースに同色のサンダル、ポニーテールにした栗毛にもやはり白のシュシュを巻いており、薄化粧とも相まって夏の心地よい風のような清楚さをそよそよと醸し出していた。
「ど、どうぞ」
豊は急いで立ち上がり、やや戸惑ったような表情で美雨にソファーを勧めた。その時、彼女の影に隠れていた翔大がひょっこり顔を出した。
「今日はお子さんも一緒なんだ」
「そうなの、翔大っていうの。さあ、お兄ちゃんにご挨拶なさい」
「こんにちは」
「こんにちは。ボクいくつ?」
「3しゃい!」
翔大は小さな手で三本指を作ってみせる。豊は何かを
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