第2章 12月5日(金) 午前6時51分

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 八季が夜鬼であることを捨て、人間の肉を喰わない――そんなことは当然だ。けれど、だからといってすべての肉を――例えば人間が普通に食べる牛や豚や――そんなものまで食生活から排除しようとするなんて滑稽だ。  同じ人間ならば、人間らしく家畜の肉は喰べれば良い。わざわざ喰べないのは滑稽どころか、何か意味があるのではと勘ぐられても仕方が無い。例えば、八季が肉を食べないのは、肉を食べてしまうと過去の悪習が蘇りそうだから、とか、やはり人間の肉じゃないと満足できないのか、だなんてことを。  八季という特別な意味を持つ苗字と、一族特有の薄緑色の瞳を持つ翔にとって、それ以上の勘ぐりは重荷だった。彼は八季としてではなく、普通の人間として生きたかったのだ。  翔がむしゃむしゃとベーコンエッグを咀嚼すると、恵美は見てられないというように再びテレビを振り向いた。  女子中学生へのインタビューが終わり、画面には見覚えのある大きな家が映し出されていた。翔の家から歩いて五分ほどの高級住宅地に建つ、八季竜之介の屋敷だ。  その屋敷からカメラが引かれると、そこには映画の世界から抜け出てきたような、眉目秀麗な男が立っている。八季竜之介だ。男らしい、それでいて中性的な印象の八季竜之介は、八季一族の現在の首長であり、翔も子供の頃から何度も会ったことのある人物だった。 「隣は須王誠一か」  正博がつぶやく。見ると、銀髪をポマードで塗り固めた男が竜之介の隣に立っている。東京都知事の須王誠一だ。 『東ノ沖島出身者として、堂々とこの日本を変えていきたい、そんな熱意にほだされて、私もね、彼を応援することに決めたんですよ』  頼もしそうに竜之介を見ながら、須王が演説をするように手を広げる。 『彼は素晴らしい男です。これからの選挙期間ね、頑張って――もちろん、私が応援にくっついて回るわけにはいきませんがね』  ふふふ、としなをつくってアナウンサーがマイクを傾ける。 『須王東京都知事、どうもありがとうございました。都知事はお忙しいのでここまで、ということですが、スタジオから何か八季氏に質問などございましたら』  すると、画面下にワイプで表示されているスタジオの評論家が早速、お気を悪くされないでいただきたいのですが、と前置きしてから口を開いた。
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