第2章 12月5日(金) 午前6時51分

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『その、八季さんは東ノ沖島出身ということを公表されておるわけですが、これに関して反発も予想されたと思うのですが、その点いかがな思いでいらっしゃるのかという――』  評論、というきっぱりとした言葉の雰囲気に似合わない弱腰で切り出す。音声が遅れるのか、八季竜之介はしばらく耳を傾ける仕草をしてから、大きく頷いた。 『ええ、確かにおっしゃる通りかもしれません。私が東ノ沖島出身だと公表したことに関して、さまざまな意見があるのは承知の上です』  バリトンの低い声。理性的な説得力がありながらも、どこか甘く感じられる声で竜之介は答える。 『けれど、それはすべて二百年も前に終わったことです。それ以来、我々は皆様と同じ、日本国民として国に尽くしてきました。恐れられるようなことは、何もしていません。それに、実を言いますと、私は八季一族であることを強みとも弱みとも思っておりません。ただ立候補するにあたり、隠し事をするのが嫌だっただけです』  それに八季という苗字とこの瞳だけで、島の出身ということは知れるわけですし、と竜之介は続ける。 『私の胸にありますのは、この日本に生きる一人の人間として、政治に関わろうと決意だけです。けれど…もし、私が八季であるということで票を失うのなら、それは大変残念なことです。確かに、私たち八季と皆さんの間には歴史的な違いがあるかもしれない。けれど、問題はそこではない。この国を良くしていこうという気持ち、その心に違いはありません』  いま、この瞬間、ほとんどの人間が竜之介の言葉に耳を傾け、心を奪われているに違いない――翔でさえそう思わされるほどの力強い言葉。隣でマイクを向けている女子アナなどは、まるで自分がテレビに映っていることを忘れてしまったかのようにぼうっと見とれている。 『私の唯一の家族である、娘も同じ思いでいてくれます』  竜之介の言葉にカメラが引かれ、その隣に立つ、一人の少女を映し出す。 「あ、アリサちゃんよ」  我が事のように、恵美が手を打って喜ぶ。 「ほら、ショウ。見てる?」 「わかってるよ」  幼なじみの八季亞里沙は、翔の二つ下、中学3年生だ。翔はため息をついた。 「毎日会ってるんだから、珍しくもないよ」 「それにしても、あの子はお父さんの血がよく出たわねえ」  翔の言葉を無視して、恵美が嘆息する。 「美人に育つわ」
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