第13話 12月24日(水) 午後6時0分

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 長いまつげを伏せて、亞里沙が首を小さく振る。その隣で、三津子も黒い瞳をそっと伏せた。 「君は、人間になりたいと言ったね」  翔は黙って頷く。 「私もそう望んだことがあった。かつて私は八季の一族に頼らず、人間として生きようとしていた。陽子と出会ったのはそんな頃だ」  大広間に流れていた曲が最後の音を奏で、次の曲に移るまでの静かな間が流れた。人間になりたいと言った男がいた――正博の言っていた男とは、竜之介のことだったのだろうか。翔が黙って竜之介を見つめる。一呼吸置いて、ゆったりとしたワルツが流れ出す。それを待っていたかのように、竜之介は再び口を開いた。 「人間になりたい、そう言った私を、陽子は――妻は明るく笑い飛ばした。彼女は私が何者であるかだなんて関係ないのだと言った。私は私で、八季である前に一人の人間なのだと。とうの昔に八季から距離を置いていた私だったが、陽子の言葉は素直に嬉しかった。それから――私たちは娘を授かり、幸せに暮らしていた。夢にまで見た、人間らしい暮らしだった。しかし、それは脆い夢であったことを、あのとき私は知らなかった。いや、自らその夢を壊したのか……」 「旦那様は何も悪くありません」  三津子がつぶやく。自らを奮い立たせるように、翔は吐き捨てた。 「やっぱりあれは事故なんかじゃなかったんだな。あなたは陽子さんを殺したんだ。八季の血に逆らえないとか、そんな都合の良い理由をつけて」 「それほど己に自信があったならどんなに良かっただろう」  過去の自分をあざ笑うように竜之介は笑顔を作った。しかし、その姿は痛々しく、自信に満ちあふれた普段の様子とはかけ離れている。 「……じゃあどうしたっていうんだよ」  その先は聞かないほうがいい――そんな予感に逆らうように、翔が聞く。すると、亞里沙がぽつりとつぶやいた。 「お母様は階段で足を滑らせてしまったの」 「お嬢様……」  三津子がそっと亞里沙の肩に手を置く。幼い子供のように首を振って、亞里沙は言った。 「わたしがいけないの。ひどい台風で、あの日、うちが停電したのよ。それなのに、わたしはいつもと違う家の中にはしゃいで階段へ走って――」
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