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「ショウ、私たちと一緒に行こう。私たちがいくら人間に近づこうとしても、人間がいくら夜鬼を理解しようとしても、そこに横たわる闇は深い。それは愛すら越えることを知らず、回り回って憎しみの連鎖を生むだけだ。けれど、それでも夜鬼が人間を喰うことは、人間が家畜の肉を喰うように自然なことだ。喰う者と喰われる者の間に、あらゆる感情は成立しないのだよ」
「でも……」
翔はふらりと後ずさった。竜之介の言葉はなぜだか確かな本物の手触りがした。けれど、彼に誘われるがまま進んでしまえば、二度と戻れないこともまた、同時に理解していた。
「ショウ、何も怖いことなんてないのよ」
亞里沙が微笑み、翔の手を取った。
「わたしたちと行く――そう言って」
「オレは……」
忘れていた空腹が、肉の匂いを強くする。意志に反して、頷くように微かに、翔の首が揺れた。
「いいのね?」
亞里沙はうれしそうに囁くと、翔の手を引き、大広間へ降りていく。まるで王女と王子のような取り合わせの二人に、人々が振り向き、微笑ましい視線を投げかける。
「ここへ座って」
広間の中央にぽつりと椅子だけが置かれている。促され、そこに座ると、真っ白なナプキンがふわりと首に巻かれる。珍しいものでも見るように、人々が――夜鬼と人間が集まってくる。
「仲間を祝して」
いつのまにか降りてきた竜之介が、血のような液体が入ったグラスを高々と掲げる。
「……仲間を祝して」
大勢の声が、竜之介の言葉を繰り返す。
翔のための「肉」が乗せられているのだろう、こちらに向かって長いテーブルが押し運ばれてくる。いまなら逃げ出せる――そんな思いが翔を椅子から立たせようとする。けれど、輪の最前列に誇らしげに並んだ正博と恵美の姿を認め、そんな勇気もすぐに削がれてしまう。
「今日は特別料理だ」
竜之介が誇らかに宣言する。
目の前まで運ばれてくると、それはやけに大きなテーブルだった。料理が並んでいるとおぼしきこんもりとした膨らみの上には、白い布が掛けられている。人間の肉だ――翔が見つめる中、その布が竜之介の合図と共に取り去られ――その下から現れたものを見て、彼は思わず椅子から転げ落ちた。失笑のようなざわめきが人々から漏れる。
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