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陽子の葬儀に、翔も出たのだろう。いつもならば翔のそばから離れない亞里沙が頑なに口を閉じ、母親の入った棺をまるで怒ったような表情で見つめていたことを覚えている。快活だった竜之介もそのときばかりはひどく落ち込み、生気のない様子で俯いていた。
それからすぐに、竜之介はあの洋館を手放した。三津子がいなくなったのは、それと同時だったように思う。しかし、そのうちに翔もヒトツキへ行くことがなくなり、いつしか三津子のことを思い出すこともなくなった。恭平は、その三津子の家へ行こうというのである。
「……三津子さんに何を聞くつもりなの?」
車がひしめく大通りを抜け、海が見え始めたころ、翔は聞いた。
「やっぱり、事故のこと?」
「ああ、まあな」
何か考え事でもしていたのだろうか。恭平は質問に驚いたようにまばたきすると、バックミラー越しに翔を見た。
遺体無き連続殺人事件に八季の誰かが関わっているのなら、その鍵は八季竜之介にある――恭平は昨日、そう言った。人間を喰うという行為が、八季を束ねる首長である竜之介の耳に入らないはずがない。
つまり、その人間を喰っている誰かを、竜之介はかばい立てしていることになる――という推測だ。そして、翔もその考えには賛成だった。八季の結束は固い。両親でさえ、困ったことがあれば首長である竜之介の判断を仰ぐ。
それに、いまは八季という八季が注目する、衆議院選の真っ最中だ。おかしなことが一つでもあれば、竜之介の耳に入らないわけがないだろう。
「竜之介が首長として、表舞台に現れたのはいつからか知ってるか」
さあ、と翔が首をかしげると、恭平は最初から答えを期待していなかったかのように淡々と言った。
「それは10年前――妻、陽子の事故のあとだ。それまで竜之介は、不思議と表舞台に姿を見せたことはない」
「それが、何を、意味、するんだ?」
吐き気を堪える秘訣なのだろうか。大きく呼吸を繰り返しながら、悠馬が聞く。
「こうは考えられないか?」
その悠馬を気にする様子もなく、恭平は言った。
「もしかしたら、陽子を殺すことが、八季の首長になる試練だったんじゃないか、と」
げえ、と下品な音を立てて、悠馬がゲップを吐き出す。
「奥さん、だろ? ってか、試練って、何、だよ」
「……昔の夜鬼の風習の中に、そういうのがあるんだ」
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