第2章 12月5日(金) 午前6時51分

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「早いのね、ショウ」  人数分の皿を出し、紫色の小さなランプシェードのような花を咲かせている観葉植物に水をやると、恵美は珍しくテレビを点けた。バサリ、と正博が新聞をめくる。ちらと見ると、一面は衆議院議員選挙の記事だった。黒い太字の見出しはこうだ――『衆議院選挙、告示。目玉は東京三区』。  東京三区と言えば、この八季家の建つ品川区と大田区の一部、それから小笠原諸島などの島しょ部が含まれる。  ついに始まったか、翔は隠すことなくため息をついて、食卓に目をやった。テーブルには香り良く淹れられたコーヒーに、野菜ばかりが挟まれたサンドイッチが二皿。それからスライスされたトマトに、卵抜きのポテトサラダが並んでいる。八季家のいつもの朝食だ。 「お肉が食べたいのなら、自分でやってね」  息子の心を読み取ったように、恵美が言う。 「わかってる」  ぶっきらぼうに答えると、翔は冷蔵庫を探り、ベーコンを取り出した。そしてフライパンを火にかけ、一パック分のベーコンをすべて敷き詰めると、その上に卵を二つ割り落とした。ジュウ、と水蒸気が上がり、豚の脂の臭いが立ち上ってくる。 「換気扇くらい回してくれる?」  対面式のキッチンからリビングへ臭いは流れていく。テレビにかじりついた恵美は脂の臭いに不機嫌そうだ。 「すぐに済むよ」  目玉焼きはカチカチに固まっているほうが、ベーコンはできるだけ脂が抜けたほうが食べやすい。頃合いをはかって皿に乗せると、この家では翔だけしか食べない、いつものメニュー――ベーコンエッグが完成した。 「いただきます」  誰に言うとでもなくつぶやきながら食べ始めると、またそんなものを食べて――恵美がそう言いたげな視線をちらと向ける。無理して口に詰め込んだ豚肉はたまらなく臭かった。けれど、翔はできるだけ美味そうに見えるように、悠然と咀嚼した。 『――それでは、朝の特集です』 「お。始まったか」  舌っ足らずな女性アナウンサーの声に、正博がガサガサと新聞を畳む。恵美が呼吸を止めるようにして身を乗り出す。珍しく朝からテレビが点いていた理由は、どうやらこの特集にあったらしい。
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