第2章 12月5日(金) 午前6時51分

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 人間社会の中で、夜鬼は孤立した。人間は、夜鬼を人間と認めず、夜鬼もまた自分たちは人間と違う存在だ――そんなふうに明確に区別しているようなところもあったからだろう。夜鬼たちは居住区さえ制限され、人間からの差別に苦しんだ。  しかし、第二次世界大戦中に、当時の夜鬼のまとめ役――首長が大日本液炭会社という会社を立ち上げ成功し、莫大な富を得てからというもの、夜鬼たちの生活は少しずつ上向くことになった。戦後、彼は夜鬼の地位向上に尽力し、GHQを通じて苗字の変更を申し出た。  皆が恐れた「夜鬼」から、読みを同じに、別の文字を当てた「八季」と称し始めたのはこの頃からである。時間の流れが過去を追いやるにつれ、人々は八季が夜鬼であったことの意味を風化させていった。  しかし、そこに立ち上がったのが日本解放同盟である。彼らは「八季」が、人喰いの「夜鬼」であったことを人々に思い出させ、その一族を日本から排除しようという活動を始めたのだった。           * 「何百年も前の話よ。いまさらそんな話を持ち出して、人間がわたしたちを差別することなんて許されないわ」  恵美は怒ったように肉無しサンドイッチをつまむ。それを見ながら、翔は嫌悪感に顔を背けた。  正博も恵美も――それから他の八季の一族も、翔が知っている限り、彼らは皆、肉を喰わなかった。もちろん、肉というのは人間の肉ではない。ここで言っているのは、牛や牛や豚や鶏――そんな肉のことである。  それならば何を喰うのか。彼らが喰うのは穀物や野菜だけだった。だから当然、サンドイッチにハムの一枚も入らないし、ポテトサラダには卵も入らない。  幸い、翔が通った小学校や中学校には給食がなかった。けれど、もしも給食制だったなら、翔の他にも何人かの八季たちが通っている学校の給食室は、肉なしの要望に応えるのが大変だったかもしれない。  翔自身はと言えば、肉が余り好きではない。どんな肉でも彼の味覚には臭く、どうにも美味いと思える味ではないからだ。特に魚の肉は、その昔、夜鬼たちが人間の餌にしていたという気色悪さも相まって口に入れる気がしない。  けれど――食わず嫌いの魚はともかく、翔は他の八季たちと同じに肉を喰わないことを嫌い、当てつけのように毎日牛や豚の肉を口にしている。そこには、翔のこんな思いがあるからだった。
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