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第4章 12月6日(土) 午前11時50分
「翔、おい、聞こえないのか? おい!」
大崎警察署を出て、しばらく濡れながら歩いたのだと思う。自分の名前を呼ぶ声に我に返ると、翔は見知らぬビルに挟まれた細い路地に立ち尽くしていた。
「大丈夫か?」
ゆるゆると首を回し、声の主を仰ぎ見る。そしているはずのない彼の姿に、少し目を見張った。
「……悠馬、か。学校はどうしたんだよ」
「学校は――今日は臨時休校だ」
「……臨時休校?」
高校が休校になることは珍しい。よっぽど大きな台風が来たのか、それとも大雪でも降ったのか――いや、しかしこの肩を叩くのは12月の冷たい雨だ。
「解放同盟の奴らが、八季の通ってる学校に、ところかまわず爆破予告を出したんだ。選挙も近いことだし、学校側も大事を取って、ってことらしいけど」
古ぼけたビニール傘を差し掛け、悠馬が心配そうにこちらを見つめている。解放同盟、爆破予告。そんな物騒な単語も、いまは翔の心を素通りしていく。
それにしてもどうしてここにオレがいるってわかったんだ――聞いたつもりが、言葉は声にならなかった。代わりに微かな嗚咽が漏れ出、翔はずるずると地面に座り込む。
「おい……」
悠馬が驚いたように、翔の腕を支える。傘は地面に放られ、雨粒が彼の乾いた黒髪を濡らす。ジーパンの尻に冷たさが染みこむ。悠馬が何かを言っている。しかし、それらの感覚はまるで幻のように体をすり抜けていってしまって、翔にはまったく感じられなかった。
代わりに、いま彼が全身で理解しているのはただ一つの事実だった。この街のどこを探しても、もう美咲に会えないのだという、彼にとってたった一つの真実。
灰で塗りこめられた空の下、翔は声を抑えて泣いた。
「……濡れるだろ」
傘を拾い上げた悠馬が隣にしゃがみこみ、翔の頭に落ちる雨を遮る。小さく吐いた息が白くたなびき、重たそうに震えて散った。
「とりあえず、どっか行こうぜ。こんなところにいたら、風邪引くぞ」
それでも翔は答えない。悠馬は困ったように続けた。
「亞里沙から聞いたんだ。翔が警察にいるって。それで来てみたんだけど」
翔は小さく身じろぎをした。
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