第4章 12月6日(土) 午前11時50分

1/14
253人が本棚に入れています
本棚に追加
/138ページ

第4章 12月6日(土) 午前11時50分

「翔、おい、聞こえないのか? おい!」  大崎警察署を出て、しばらく濡れながら歩いたのだと思う。自分の名前を呼ぶ声に我に返ると、翔は見知らぬビルに挟まれた細い路地に立ち尽くしていた。 「大丈夫か?」  ゆるゆると首を回し、声の主を仰ぎ見る。そしているはずのない彼の姿に、少し目を見張った。 「……悠馬、か。学校はどうしたんだよ」 「学校は――今日は臨時休校だ」 「……臨時休校?」  高校が休校になることは珍しい。よっぽど大きな台風が来たのか、それとも大雪でも降ったのか――いや、しかしこの肩を叩くのは12月の冷たい雨だ。 「解放同盟の奴らが、八季の通ってる学校に、ところかまわず爆破予告を出したんだ。選挙も近いことだし、学校側も大事を取って、ってことらしいけど」  古ぼけたビニール傘を差し掛け、悠馬が心配そうにこちらを見つめている。解放同盟、爆破予告。そんな物騒な単語も、いまは翔の心を素通りしていく。  それにしてもどうしてここにオレがいるってわかったんだ――聞いたつもりが、言葉は声にならなかった。代わりに微かな嗚咽が漏れ出、翔はずるずると地面に座り込む。 「おい……」  悠馬が驚いたように、翔の腕を支える。傘は地面に放られ、雨粒が彼の乾いた黒髪を濡らす。ジーパンの尻に冷たさが染みこむ。悠馬が何かを言っている。しかし、それらの感覚はまるで幻のように体をすり抜けていってしまって、翔にはまったく感じられなかった。  代わりに、いま彼が全身で理解しているのはただ一つの事実だった。この街のどこを探しても、もう美咲に会えないのだという、彼にとってたった一つの真実。  灰で塗りこめられた空の下、翔は声を抑えて泣いた。 「……濡れるだろ」  傘を拾い上げた悠馬が隣にしゃがみこみ、翔の頭に落ちる雨を遮る。小さく吐いた息が白くたなびき、重たそうに震えて散った。 「とりあえず、どっか行こうぜ。こんなところにいたら、風邪引くぞ」  それでも翔は答えない。悠馬は困ったように続けた。 「亞里沙から聞いたんだ。翔が警察にいるって。それで来てみたんだけど」  翔は小さく身じろぎをした。
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!