着ぐるみ

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 この一週間、俺が担当していた着ぐるみの、首の部分がふいに前方へ傾いだのだ。  かぶり方が甘かったのだろうと、何故か冷静に脳がそう分析する。でも目に映る光景は予想を遥かに上回っていた。  着ぐるみの頭部が転げ落ちる。でも、代わりに現れる人影はない。  …何もなかった。着ぐるみの中には誰もいなかった。そこにいたのは間違いなく、中身の入っていないがらんどうの着ぐるみだった。  それに気づいた会場の客達が悲鳴を上げる。その声に反射で体が動いた。  会場が半ばパニックに陥っているのを逆手に取り、俺は自分が担当する着ぐるみの背後に駆け寄った。その上で姿を現し、客席に向かって今のは頭がもげてしまった事故だと説明する。  普通に考えたら、もげた頭はともかく、体の方まで脱いでいるのは変じゃないかと疑われそうだったが、パニック状態が幸いし、みな、その説明で納得してくれた。  寝坊と場を収めたことがチャラになり、ボーナスはなくなったが、俺の給料は減らされることく支給された。その額は結構なものだったけれど、気力と体力のすり減り具合を鑑みて、あれ以来、バイトこそ辞めはしないけれど、俺は一週間ぶっ続けのスケジュールは入れていない。  そんな、あの時よりは多少楽な気持でかぶる着ぐるみ。そのたびに思う。  あの時、俺の代わりにアトラクションに参加してくれたのは誰だったのか。  もしかしたら、この着ぐるみ自体が、自分だけがアトラクションに参加できないことを悲しんで、自らあの場に立ったのだろうか。  真相は判らないが、勝手に何となくそう思い、俺は、今やかなりかぶり慣れたこの着ぐるみを、目一杯大切に扱っている。 着ぐるみ…完
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