151人が本棚に入れています
本棚に追加
/214ページ
「ああ、何とか。ぐあっ!」
弘樹の手を借りて立ち上がろうとしたところで、眞紀子から物凄い勢いで向こう脛を蹴りつけられ、祐司は再び足を押さえて床に座り込んだ。
「ちょっと! 何す、うがっ!」
そして、さすがに顔色を変えて抗議しようとした弘樹の顔面に、眞紀子が伝票が挟み込まれたアクリル板を押し付ける。
「綾乃ちゃんを怖がらせた挙句に泣かせて、これ位で済む事を感謝しなさい。この屑野郎ども!」
言うだけ言ってさっさと会計の前を素通りして店を出て行った眞紀子を見送り、弘樹は諦めた様に手の中の伝票を見下ろした。
「……払っておけって、事なんだろうな」
そして溜め息を一つ吐(つ)いた彼は、再び祐司に手を伸ばした。
「おい、大丈夫か?」
「駄目かもしれない……」
「そんな事を言っているうちは、大丈夫だろ」
苦笑いして祐司を引っ張り上げて立たせた後、巻き込まれてしまった店員に改めて謝罪し、おしぼりを貰ってから後片付けをやって来た店員に任せて、二人は自分達のテーブルに戻った。そして弘樹が、心底同情するように呟く。
「本当に、お前最近、女難の相が出てるよな……。例の『あれ』と言い『これ』と言い、気の毒に」
そこで周囲の客の好奇心に満ちた視線を浴びつつ、おしぼりで手やジャケットの背中側を拭いていた祐司が、僅かに眉根を寄せながら低い声で頼んできた。
「取り敢えず、手伝って貰えるか?」
全て言わなくてもその内容が分かった弘樹は、疲れた様に頷いてみせる。
「星光(う)文具(ち)で『あやの』って名前の新入社員を探すんだろ? 乗り掛かった舟だし、それ位はやってやるよ。普段のお前の姿からすると、今のお前は不憫過ぎる。ここの支払いも持ってやるから、気を落とすな」
「サンキュ。助かる」
それから男二人は静かに飲みながら幾つかの話をしてから、早々にその店を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!