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初めてバカって言われた。なんて一瞬思っていたうちに、ネクタイはパッと奪われた。
向かい側に立つ圭がネクタイを首に回してくる。
「ほら、まずこう。こうしてこうして、これでよし」
「……はやい」
ぽん、とネクタイの結び目をつつかれて、僕は初めて圭を尊敬の眼差しで見た。
「な、簡単だろ?」
「よくわかんなかった」
「なっ!」
早すぎだし、圭の手に隠れてほとんど見えなかったし、自分でするのとやってもらうのでは逆だし。とかなんとか言っているうちに時間が迫ってきた。
「もう行かなきゃ」
「じゃあ、帰ったらまた教えてやんよ」
傾いていたのか、チョイとネクタイを直した圭が笑う。僕はいつもと少し違う気分で家を出た。
……今日は帰ってくる?
って、聞きそうになった。
いつの間にか慣れてしまった二人での食事。
安眠が保証されるのに、一人だとなんだか寝心地が悪い夜。
昨日の夜が、淋しかったとかそんなんじゃない。
騒がしいのがいなかったから、その差を忘れていただけだ。
今日も自転車に乗り、出発。スーツのズボンではあまり快適とは言えないが、贅沢は言えない。
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