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週に二回しか来ない僕で遊ぶのはやめてほしい。
「そのうち、ちゃんとしめかた覚えますので」
「覚えなくていーぃ」
安住さんの指の短く切り揃えられた爪が、チョンとネクタイをつつく。
―――"ねぇ、綺麗な指してるよね"―――
こんな時でも君は僕に、僕の心に語りかけてくるの?
君にそう言われた日、僕は初めて君の言葉を否定した。
君の手指の方が、きれい。
そう言ったら、君の頬がふわりと赤くなった。
「ちょっと、伊万里くんに構うのはここまで」
「あ、専務」
安住さんがビクッと肩を震わせる。僕もハッとして「おはようございます」と頭を下げた。
清掃のおばちゃんの噂話では、もう五十手前なのに結婚もせず、仕事一筋の人らしい。
キリッとした佇まいに、わずかにちらつく白い髪。それさえもまとめてカッコ良く見せる整った顔立ち。
「伊万里くん、すまんね。安住ちゃん、男に餓えてて」
「……えっ」
「やぁだ、専務! 私は伊万里くんに餓えてるんですぅ」
「ええっ」
ちゃんと後から冗談だと専務がフォローしてくれたけど、安住さんの目は違うようだった。
背筋がゾクッとする。
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