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この仕事は時間の流れを忘れてしまう。
でも、一番時間に流される仕事だ。
だから、ここで働いている間は君の事を想う隙がない。だからといって、君の事を忘れる事もできないけれど。
いっそ、忘れてしまえたなら……。
ひとり、部屋の中、ベッドでうずくまり、君を想う心の重さに押し潰されずに済むのに。
カーテンを閉め切り、鍵をかけて、目を閉じて、耳をふさぎ、息を止め、終わらない君との時間にゆっくりと、のめり込んでしまえるのに。
「……いまり……」
フロントでロビーに気を配っていたはずが、視界が何も捉えずに移ろっていた事に、やっと気付いた。
名前を呼ばれた……どこから?
誰に?
「はい」
声が聞こえた方に体ごと向き直ると、いつの間にフロントから出たのか、安住さんがロビーの一角でお客様と話していた。
僕に気付いた安住さんは、きょと、と少々可愛らしい仕草で僕を見てふっと笑った。
「すみません、柿崎様。今、フロントに立っている者の名前が伊万里くんなんです」
安住さんは側にいるお客様に微笑みかけた。お客様の視線が僕へ向く。その前に見ていたものがなんなのか、やっとわかった。
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