第四章   豊   ~かなわぬ想い~

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最初のエリアである公団住宅に向けてこぎ始める。新聞配達なんて子どもでも出来る、と高をくくっていたけれど、五十棟ほどが林立する四角い巨大な群れを初めて見上げた時、思わず顔を青くしたものだ。夜半の暗がりを必死で駆けずり回って目的の棟を探し出し、エレベーターがないので五階までの階段を上り下りして、各戸の玄関口まで新聞を届ける。スポーツ紙も一緒にとかチラシだけ入れてくれとか逆にチラシは要らないとか、細かい要望を言ってくる家も結構あるので、うっかり間違えてまた五階まで逆戻り、ということも何度かあった。雨の日はレインコートを着て共用廊下にしずくを垂らしながら右往左往していると、自分は一体ここで何をやっているんだろう、と惨めになる。こんなしんどい仕事もう辞めよう、と何度も思う。これを支えたのは働かなければ食っていけない、という現実だけだった。養護施設で紹介された奨学金と自分が稼ぐバイト代だけで、大学の授業料と日々の生活を賄う必要があった。毎月、給料日前になると小銭を並べて大きな溜め息をつくぎりぎりの生活。幸い僕には一つの特技があった。欲求水準を限界まで容易に下げられることだ。食っていけるだけまし。布団で寝られるだけまし。屋根があるだけまし。国があるだけまし。地球があるだけまし。息をしているだけまし。もちろん、こんな風にいつもいつも割り切れる訳もなく、自らの境遇をしょっちゅう呪ってもいるのだが……。こんな感覚、普通の家庭でぬくぬくと育った人間には決してわかりっこないに違いない。  ようやく全てを配り終え、自分の自転車に乗り換えて白みかけた道を帰っていく。この解放された瞬間が、僕の一日で気分はピークとなる。今日から大学の後期が始まる。でも、そんなことは僕を浮つかせたりせず、むしろ憂鬱にさせる。大学とバイトの二足のわらじをいつまで続けられるのか、という不安を抱かせる。必要な単位を全部取って無事卒業できるのだろうかと疑問に感じる。退学という二文字がふと脳裏に浮かぶ。降り積もっていくばかりの奨学金という名の借金を考えれば、さっさと辞めてしまうのがむしろ身のためだと、このところ真剣に考えるようにまでなってきている。  養護施設にいた頃は一日でも早くあそこを出たかった。大学生活を、自由な毎日を、あれほど熱望し楽しみにしていたというのに、今では橋の淵だけをただひたすら歩き続けているような感覚に、
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