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「はぁー、今日も疲れたぁ……」
隣でぐっと伸びをする同僚の波多野に、椛も苦笑を洩らして頷くと大きく息を吐いた。
腕時計で定時より30分遅い時間を確認する。
椛はポケットからケータイを取り出すと、『これから帰ります』と短くメッセージを送った。
「渡瀬ー、エレベーター来たよー」
「はーい」
鞄を手に小走りで向かう。
エレベーターに乗り込むと、波多野がニヤニヤと椛に視線を送った。
「……なに」
「んっふふふふっ、」
意味深に笑い声を洩らす波多野に視線だけジロリと向ける。
この笑い方をする時は、大抵何を言いたいか想像が出来る。
無表情に視線を前に逸らせた椛のその仕草すら楽しそうに、波多野はにっこりと口元に弧を描いた。
「渡瀬」
「…………」
「彼とうまくいってるみたいだね!」
やはりそう来たか。
椛は思った通りだとゆっくり一度目を伏せた。
「……おかげさまで」
この“おかげさま”はどちらかというと自分の周りにではなく、“彼の周りの皆様”のおかげだ。
椛が頭の中で、彼のメンバーやマネージャーの顔を思い浮かべていると、隣から悩ましげなため息が聞こえてきた。
「はぁーぁ、いいなぁ」
「……うん?」
「彼氏。私も彼氏、ほしいっ!」
エレベーターのドアが開き、一歩踏み出しながら両手を握った波多野に、後ろから声がかかる。
「波多野。だから俺がずっと立候補してるだろ。いい加減、俺にしとけよ」
一緒にエレベーターに乗っていた一つ年上の同じ課の男が、波多野に並んで顔を覗き込んだ。
「やだやだ!まだ妥協したくないのっ!」
「妥協だと!?失敬だな。これでも俺、いろんな子に告白されてんだぞ!?」
「知らないわよ、そんなの!」
いつものやりとりが始まった。
こうして言い合う2人は意外とお似合いだと椛は思っている。
椛は二人のやりとりに顔をひきつらせ、肩をすくめた。
「2人とも、痴話げんかはやめて仲よくしなさい?」
わたしはこっちだから、とひらり手を振る椛の後ろで何か二人が文句を言っていたようだが、椛は気にせず足を進めた。
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