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開いたままのドアから誰かが乗り込んでくる気配はない。不審に思って窓から通りに目をやるが、そこにも人影はない。確かに手を挙げる人影を見たと思ったのに。
その時は何かを見間違えたのかと、さっさと車を出してしまったそうだ。
それから数日後。今度は昼間に都内を流していると、前方にタクシーに合図を出している人影を発見。ウインカーを出し、速度を落とし、車を停めて、ドアを開く。そして誰も乗ってこない……。道を歩く通行人が、誰もないのに停車してドアを開いたタクシーを不思議そうに見ながら通り過ぎていく。慌てて後部ドアを閉めタクシーを発車させてから、その場所が以前にも女性を見かけて停車した場所だと気がついた。
もしかして、標識やガードレールのポールを見間違えたのかとも思ったが、高さや横幅からしてそれは考えにくい。それに父には「女性が手を挙げて立っていた」というハッキリとした認識があった。だが、それがどのような女性だったのかはサッパリ思い出せないことに気がついた。
相手をじっくりと観察する時間などなかったが、それでも男性か女性かくらいは判別できる。立っていたのは確かに女性だ。しかしそれが、どのような服装をしていて、どのような髪型をしていたのか、まったく思い出せないというのだ。
気味が悪くなった父は、それからは出来るだけ同じ道を通らないように心がけた。それでもお客さんの都合によっては、付近を通らなくてはいけない。嫌だなと思いながら、何度か同じ道を通り、その度に同じ経験を繰り返した。
「きっと今回も誰もいないんだろう」と思いはしても、素通りするわけにもいかない。もしかして本当にお客さんがタクシーを必要としていた場合、乗車拒否をしたとして会社にクレームが入る可能性があるからだ。会社からペナルティーを課せられるよりも、多少の気味悪さを我慢するほうがマシだったからだ。
しかし度重なる「消える女性」との遭遇に、父もいい加減ウンザリして、つい同僚に愚痴ってしまったらしい。すると、同様の体験をしているドライバーが他にもいる事が判明した。いずれも「同じ場所」で「女性の姿」を認めて車を停めるが、ドアを開けると「誰もいない」のだそうだ。
「結構、有名な話だぞ。あの場所で交通事故に巻き込まれて死んだ女だとか、不倫の果てに刃傷沙汰になって、あそこで刺されて死んだ女だとか言われてるけど、真相は分からずだ」
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