第1章

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「渡したい人がいたんだが、もう――不要なのだろう」 がっくり、肩を落とす姿に、つい麗は吹き出しそうになった。 大きな、テディベアのような男が、大きいシャチのぬいぐるみにすがるように座る。 コメディだ。 けれど、笑いものにしてはいけない空気があった。 「君にあげよう」 男はすっくと立ち上がり、麗へ向けてぬいぐるみをばさっと渡した。 反射的に受け取った麗の腕の中で、キュウーと音がする。ピコピコサンダルのようにキュートな音だ。 「君はオガミ教授を知っているか」 「ええ、もちろん」 少し驚きを持って麗は問う。 「自分の指導教官です。あなたは彼をご存知なのですか?」 「ビジンにはビジンの生徒がつくんだな」 「何ともお答えのしようがありませんが……」 「彼に伝えて欲しい。非礼を詫びると」 「非礼とは?」 「よろしく頼む」 「失礼ですが、そちら様のお名前は」 「ゼカライアセン」 大男は立ち上がる。「自分は帰るよ」と言って。 とぼとぼ歩く様子は大男を二回りも三回りも小さく見せた。 『帰る』といいつつ、彼は校門ではなく学内へ戻って行く。 我が校の構造がよくわからないのではなかろうか。 あの、と問う声にも耳を貸さず、彼はあっさり麗の視界から消えた。 右手にはレポートの束、左手にはでっかいぬいぐるみを抱えて麗は道の真ん中に立ち尽くす。 往来を行く生徒達が皆、「何事!」と振り返る。 その顔は一様に美貌で名高い柴田麗が、何持っているんだ! と言っている。 ゼカライアセンが消えた先は行き止まりで、絶対に校外へは出られない。右や左に流れなければ元来た道を戻るしかない。 だから待った。しかし、5分、10分、それ以上経っても大男はやって来ない。 「ふむ」 麗は思案する。 まずは用件を済まそう。レポート提出が待っている。 行く先々で教諭や人々をパニックに陥らせ、でっかいぬいぐるみを抱えた彼は平然と校内を練り歩いていた。
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