第1章

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◇ ◇ ◇ 「いやあ、昨日は楽しかったよ」 カラカラと老人は笑った。 御年70をとうに過ぎているとは思えない弾けぶりが評判の武は、長年白鳳の学長として君臨してきたが、退任が間近に迫っていた。 「うちはネイチャー系には弱いだろう? 自然科学分野にももっと門戸を拓いとけばよかったなあ。ゼカライアセン博士は面白い人だねえ、友人に彼のこと話したら、ぜひお目にかかりたいって言ってたよ。来日してるなら知らせてくれ! って。無理な話だよねえ、昨日初めて名刺交換したところなのに」 はははははとさらに笑う。 「尾上君、今、博士はどこに?」 「残念ながら先生、自分も面識がないものですから」 「あれえ、君を訪ねて来たって話だけど?」 「はあ……」 慎一郎はちらりと女に視線を送る。 まったくの反応なし。 見られた側の三浦は口笛を吹きそうな顔で我関せずでいる。 「先生、尾上じゃなくて、三浦の知り合いらしいですよ」後ろから宗像が助け船を出した。 が、三浦はまったくの無反応だった。 「あれえ、三浦君、そうなの?」 「存じませんーっ」つーんとそっぽ向く三浦はつれない。 「ま、いいや、本題に入ろうか。三浦君、今後の事なんだけど」 ――おいおい。 慎一郎は頭を抱える。 人事にまつわる機微情報を、関係ない第三者がいる前で言っていいのか? が、慎一郎を除く三人は全く気にしていない。 言うだけ無駄だって、という顔を宗像は寄こしている。 「もう僕は人事権を持ち合わせていないし、そもそも採用には関与してないんだ。ずっとそう。現場というか、人事担当者に全て一任してるから。もうすぐ一線を退くから余計にね」
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