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この家からきみがいなくなり、僕は眠れなくなってしまった。
今日で、すでに二十八日め。
その間、一睡もしていない。
羊を数えても、ヒーリングミュージックをかけても、効果がなかった。
だって。僕は、きみの膝の上でしか眠れない。
きみは、僕の安眠枕だ。
きみの膝は、適度に柔らかく、そして、温かい。
横になった僕の頭をなでてくれたよね。僕が眠りに落ちるまで。
そうやって、一日の仕事の疲れを癒してくれた。
だから、出先でどんなイヤなことがあった日も、翌朝にはスッキリしていて、日々にストレスなんて感じなかった。
そう。キッカケは、ツマらないケンカだったね。
あの日、僕はきみよりも先に帰宅していて、テレビのお笑い番組を観ながら、きみの帰りを待っていたんだ。
お風呂にも入ったし、歯磨き粉が切れていたから、下のコンビニに行って補充した。
きみは僕が帰っていることを予想していなかったみたいだね。その証拠に、一度、玄関で鍵を挿している音がした。
ドアが開く。
パンプスを脱ぐのに手間取ったのだろうか、少し時間をかけてから、ようやく、廊下に灯りがついた。
ソファから腰を上げ、僕はきみを出迎えた。
「おかえりなさい。遅かったね。駅まで迎えに行こうかと思っていたところだよ」
僕をみて、立ち止まるきみ。
「いつもよりも、十分も遅いよ」僕は時計を指差した。「ねえ、美架。遅くなるときには、ちゃんと連絡してと前に言っただろ。こっちだって、心配しちゃうじゃないか。うん……? どうした、美架。そんな顔しないでよ。ゴメン、僕が言いすぎた。次から気をつけてくれれば良いから。ね? 別に、僕、怒っているわけじゃないからさ」
きみはゆっくりと後ずさる。「……あなた、誰?」
え。
「チョット……。冗談にしてはヒドいな」なにを言いだすかと思えば……。「なにそれ。僕をからかってるの? 今日のきみは、ずいぶん変だよ」と僕は笑顔をつくった。
「イヤ……。来ないで。ここは、私の家よ!」
「美架ぁ。近所迷惑だよ」シイィィと指を一本立てる。
「近づかないで!」
「美架ッ!」
「誰か! 誰か来て!」
「僕の話をきくんだ、美架」
「誰か助けて!!」
むかっとキた。カッとなってしまった。思わず、手がでた。
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