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ウールは、先程の首を左右に小刻みに振ったヴィンリーの動作を、「近づくな」若しくは「話し掛けるな」の類いの意味だと解釈している。
ヴィンリーは脅迫されている、とウールは直感した。
その若い男は両手をコートのポケットに突っ込み、ヴィンリーの斜め後ろから、今にも倒れ込まんばかりに密着して歩いている。
ウールは、コートのポケットに隠れた男の手が気になっていた。
しかし、二人の歩調は速く、今にも夕闇の中に消えて行きそうだった。
逡巡している時間はない…
それは、正に、逢魔が時、だったのかも知れない。
ウールは、ショートコートの内ポケットに隠したワルサーPPKを確認すると、迷わず尾行を始めた。
所謂、オフィス街なのだろうか、行き交う人影も疎らである。
近づき過ぎるのも危険だと判断し、ウールが足を緩めた、その時…
前を行く二人の姿が、ビルに挟まれた路地へと消える。
宵の闇が降りる前の、その最後の一時、濃い紫にして半透明な空気が、全ての音を遮断する瞬間がある。
ウールは走っていた
聞こえて来るのは、自分の荒い息づかいだけだった。
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