第四章   豊   ~明かされた過去~

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       (第5話より続き) 「お疲れさん」  本日の営業が終了し、従業員の控室ではシフトを終えたバイトの面々がユニフォームを脱いで次々帰っていく。いつものリュックを担いで僕も帰ろうとすると、新庄くん、と店長に呼び止められた。少し内心がざわめきたつ。さっき店内でDVDを探しにきた客の質問にあれこれ答えているうちに、つい長話をしてしまったからだ。僕が今はまっているジョージ・ロイ・ヒル監督の大ファンだというその年配男性と、あの映画のあのシーンが良かったとかカットバックの入れ方が心憎いという話を延々とやってしまっていた。 「最近表情が明るいね。もしかして彼女が出来たとか?」  店長のにこやかな顔を見て叱責じゃないらしい、と秘かに胸を撫で下ろす。 「いや、そんなんじゃないです」  残念ながら今も恋人はいないし、相変わらず真理絵への思いを引きずったままではあるけど、そう言われる心当たりはあるにはあった。 「そう? まあこの調子でこのまま頑張ってね。新庄くんが来てからずいぶん夜のシフトが楽になったし」 「有難うございます。お先に失礼します」  僕は軽く頭を下げて控室を後にし、駐輪場である人に「今から行く」というメールを送ってから自転車に乗って走り出す。途中コンビニに立ち寄り、つまみになりそうなスナック菓子を二つ購入した。再び自転車をぐんぐん走らせると、遠くでマンションの常夜灯が合図を送るかのように光っているのが見えた。あともう少しだと、すっかり古びたその建物を目指して僕はラストスパートをかける。 「こんばんは」  僕がノブを回してドアを開けると、ベッドや整理ダンスや三段ボックス等が所狭しと置かれたワンルームの真ん中で、いつものように藤村さんが炬燵にあたりながらTVを見ていた。 「おお豊、よう来たな」  はんてん姿の藤村さんが相好を崩して立ち上がり、奥にある台所まで物をよけながら歩いて冷蔵庫の中身を探っている。卓上には小さなカレンダーやみかんの籠、灰皿、時計が置かれ、その脇にはリモコンや新聞、雑誌、ティッシュの入った小さなワゴンがある。天井には吊り下げられたいくつもの千羽鶴。腕を伸ばせば必ず何かにぶつかりそうな雑然とした、どこか時代遅れな香りのするこの部屋と、ろくに玄関の施錠すらしない浮世離れした藤村さんとは、不思議なくらい溶け合っていた。殆ど物のない僕の下宿とは対照的だ。
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