第四章   豊   ~明かされた過去~

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「ビール飲むか? 夕飯で作った肉じゃがときんぴら、食べるか?」 「うん」  小さなレンジで温めたおかずにビール缶、グラス、僕の買ってきたつまみを並べるとたちまち座卓は埋め尽くされる。いつも手作りしているという家庭料理はどれも仰天するくらい美味かった。 「一人暮らしが長いからな」  湯割りの焼酎をすすりながら藤村さんは照れたように笑う。こんな風に僕たちは酒を飲み煙草を吸いながら、時間を置き去りにしてきた小さなカプセルのなかで、酔いに任せてとりとめのない雑談を週末ごとに繰り返してきた。 「そうか、もう二人目の依頼者が来たのか」 「うん、今度は若い女の人」  四か月前に僕が心の家に行った帰り道、いきなり藤村さんからコーディネーターの仕事を引き継ぐことを打診され、その後も何度か携帯で誘いを受けていた。 「来た人たちにどう接したらいいかわからない」  と、不安を口にする僕に対して藤村さんは、 「ただ、寄り添ったらいいだけや」  と、緩く言い放った。自分に本当に務まるのだろうかと悩みに悩んでいたけど、その一言で僕は腹を決めた。未だに引き受けた理由が自分でもよくわからないけど、強いて挙げるならきっかけが欲しかったのだと思う。 「まさかその人に手は出してないやろな?」  目の周りを赤くしながら藤村さんは茶化したように尋ねる。 「出してないよ。だって向こうは人妻だし」  二人目の依頼者である竹之内あおいさんの顔を思い浮かべながら僕は少し気色ばんで抗議する。 「そうか、そりゃすまんかった。前にも言うたけど、どんなにお前好みの女が来ても心の家で間違いだけは犯したらあかんで」 「わかってるって」 「あそこは究極の個室やからな、あのなかで何かが起これば相手のダメージが余りに大き過ぎる」  他にも言葉遣いに気をつけることや依頼者の家の様子について一切口外しないことを、徹底的に刷り込まれてきた。仮に第三者に話したところで本気にしてもらえるとは思えないが。 「でも、ちょっと惜しいことしたな」 「何がや」 「その人結構かわいい顔してたし、もしかすると僕に気があったんじゃないかと思うから」 「それはただの自惚れや」 「そうかな」 「それよりちゃんと対応できたんか?」 「うん、今回はだいたい上手くいったと自分でも思う」  最初に来た渡井篤人さんには正直何も出来なかった気がするけれど。
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