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「───滝? もう来ていたのか、呼んでくれればよかったのに。廊下なんかで寒かっただろう、部屋で待ってくれていいんだといつも言っているのに」
にっこり笑って言いながら、左京は滝を部屋へ招き入れた。
「すまなかったね。私から呼び出しておいて、約束の時間にいないだなんて」
「───いいえ」
「突然、谷口が訪ねて来てね。おまえと約束しているからと言って出てきたんだが、谷口は怒っているかもしれない。でも、おまえが先約だから」
頬に刻まれた大きな傷跡を引き攣らせ、再び左京はにっこり笑った。
「今からでも谷口さんのところへ戻りはった方がいいんやないですか? 俺なら待ってますから」
「───また寒い廊下で?」
「左京さん……」
「おまえはいつまで経っても真面目だな、素直で頑なで優しくてとてもいい子だ。だからこそ滝、おまえよりも谷口を優先させるなんてできない」
「でも、谷口さんは火焔会の幹部です。俺は末席……立場が違います」
いつになく饒舌な左京に首を傾げながら滝は言った。
左京は滝を振り返り、ぞっとするほど冷たい瞳で微笑んだ。
「───だからおまえは真面目だというんだ。この世界でのし上がるなら、そんな甘い考えは棄てなさい」
左京は黒檀のデスクに着くと、滝にもその正面の椅子に座るように指差した。
「だったら俺、のし上がったりせぇへんでいい」
呟くように言った滝の言葉に、左京は驚いたような表情をした。そして、次の瞬間、小さく吹き出した。
「……のし上がらなくてもいい、か───滝、そういうおまえが私は好きだよ」
しばらく左京は、そうかそうかと笑っていた。笑いながら机の上の書類を引き寄せ、ぺらぺらと捲って目を通しているようだった。
「滝、我々の世界も状況が変わりつつあるのはおまえも気付いているだろう?」
「どういうことですか?」
「───情報戦だ」
「情報戦? どういうことですか?」
「我々も体力自慢だけでは駄目になってきているということだ、つまり情報戦」
左京はようやく書類から目を離し、不思議そうな顔をしている滝を見た。
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