一、

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一、

 火焔会傘下村上組組長の村上滝は、主である不破左京に呼ばれ火焔会本家に向かっていた。  滝は神戸に本拠地を置いているものの、左京の頻繁な召集のせいで、月の半分は東京にとどまることを余儀無くされていた。組長といえば聞こえはいいが、村上組は歴史の浅い小さな組で、火焔会という大きな組織の末端に過ぎない。それでもどうにか組を維持できるのは、火焔会の直系傘下という肩書があるからだ。 「組長、もうすぐ不破邸に着きますが」  助手席から、村上組若頭の入江が言った。 「本日は表からでよろしいのでしょうか?」 「───裏から頼む」 「はい、承知しました」  火焔会は極道として大きな組だが、その規模のせいで他の組との対立も激化する傾向にあった。  一昔前までのヤクザの抗争というと、単純に力と力の対決だった。しかし、現在の情報化社会の波は極道の世界にまで入り込み、昔堅気のヤクザ者たちを悩ませている。情報戦に勝たなければ抗争にも勝てない───極道らしくないこのセオリーが、今では常識の一つとして定着しつつあった。  不破邸に到着した滝は、裏口から屋敷へ入ると、まっすぐ左京の書斎へ向かった。  左京から滝への召集は、いつも本人から直接、電話やファックスで連絡が入る。今日ももちろん例外ではなく、予め左京に部屋で待つように指示されていたのだ。 「───入ります、村上です」  そう声をかけて滝は扉を開いた───が、部屋には誰もいなかった。 「左京さぁん…」  滝はそのまま扉を閉め、直立姿勢で待つ体勢に入った。これはなにも珍しいことではない、時間まで指定しておきながら左京がいないこともありがちだった。滝も多忙といえば多忙だが、左京と比べるのはおこがましい。それに、左京には、滝に対して傲慢に振る舞う権利がある。  行き場を失い、路地裏を彷徨っていた自分を拾ってくれた左京に対して、滝は常に礼を尽くしたいと考えていた。もちろん最初は一番下っ端からのスタートだったが、今では左京の片腕としてある程度の地位も権力も与えられている。たとえ小さな組とはいえ滝が自分の『城』を持てたのは、左京のバックアップあってこそだ。そんなことは、滝自身が一番よく分かっていた。むろん、左京の強引なまでの指示がなければ、滝は組を持つことなど考えもしなかっただろうが。
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